2012年10月18日木曜日

水天宮



水天宮(すいてんぐう)は、福岡県久留米市の水天宮(久留米水天宮)を総本宮とし、日本全国にある神社であるのである。

この東京都中央区日本橋蛎殻町にある水天宮もその分社のひとつであるわけである。

祭神は久留米水天宮と同じ天御中主神・安徳天皇・高倉平中宮(建礼門院、平徳子)・二位の尼(平時子)であるのである。 

江戸時代より安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集め、妊婦や子供を授かりたい夫婦あるいは無事出産できた夫婦などが、安産や子授かりの願掛けやお礼参りなどで人並みが途絶えることがないのであるのである。

朱塗りの社殿は蛎殻町のランドマークでもあるつーことで、まあ、べつにあたしに子供が産まれるということではぜんぜんまったくもってそんな予定もないのであるが、霊気神気探訪の一環として天下の大霊能者象師匠が来てやったわけである。

お前は大橋巨泉かよって、昨今は巨泉さんを知らねー奴もたーくさんいるので意味ねーぞ。

この日は戌(いぬ)の日であるので、御子守帯てな岩田帯と安産祈願の護符(水天宮御守)授与のために、お父さん、お母さん、パパ、ママにならんとする若夫婦から、孫、ひ孫、玄孫(やしゃご)誕生を願うおじいさん、お婆さん、ひいじいさん、ひい婆さんまで、正月の初詣もいかばかりかというぐらい老若男女入り乱れてのてんやわんやの大混雑であるのである。

そんなこんなで、さすがは新しい生命誕生の息吹の匂いふんぶんとただよい、あたしのあそこもふんぶんとたただよいてなことで、いってることが意味不明でも、殺伐とした世知辛い世情を忘れることしばしのおめでたい霊気神気の泉に身を浸すことの嬉しさ楽しさ満喫堪能の極楽であるのである。

まあ、つまり、この瞬間だけはどなたもこなたも我が身を省みてこの世に生を受けしありがたさを真摯な願いとともに祈る心情はあなたもあたしもあら嬉しであるのである。

痛いことこの上ない文章が何処へ行くのか操縦不能で墜落寸前足を踏み外して階段落下で足を捻挫する前に、これをご覧の読者にも運気上昇の霊気神気をあたしの波動も含めて寿(ことほ)ぎのお裾分けであるのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年9月7日金曜日

願成就院



願成就院(がんじょうじゅいん)は、静岡県伊豆の国市にある、高野山真言宗の寺院で山号は天守君山であるのである。

本尊は阿弥陀如来であるのである。

境内は国の史跡に指定されており、仏師運慶の数少ない真作の一つである阿弥陀如来坐像(大御堂本尊・重要文化財)木造不動明王二童子立像(大御堂・重要文化財) 木造毘沙門天立像(大御堂・重要文化財)木造地蔵菩薩坐像(重要美術品)などの仏像を安置するのである。

創建については「吾妻鏡」によると、文治5年(1189年)に北条政子の父親で鎌倉幕府初代執権であった北条時政が、娘婿の源頼朝の奥州平泉討伐の戦勝祈願のため建立したということであるのである。

ただし、寺に残る運慶作の諸仏はその3年前の文治2年(1186年)から造り始められており、奥州征伐の戦勝祈願のためというよりは、北条氏の氏寺として創建されたものと考えられているのであるのである。

全盛期には巨大な池とその中の小島を橋でつなぎ、多くの堂宇や塔がそびえ立つ、藤原時代様式の壮大な伽藍を誇る伊豆屈指の大寺院として栄華を誇ったのであるのである。

しかし延徳3年(1491年)に北条早雲による動乱で願成就院はほぼ全焼し、僅かに再建された堂宇も後年の豊臣秀吉の小田原征伐の際に再び全焼つーよーな波瀾万丈の経緯を経て、現在は小さな境内であるが、その裏山一帯は往時の願成就院の敷地であったぐらいの大寺院であったのである。

つーことで象気功的にはどーでもいいウンチク豆知識を滞りなく書き終えて、とにもかくにも創建以来数々の苦難艱難災難を乗り越えて800有余年の時を経て、大霊能者象師匠の眼前に現代建築による大御堂が厳然としてお目見えしたわけである。

本堂はこの大御堂の左横の茅葺きの建物であるが、大御堂に本尊の阿弥陀如来立像を始めとした願成就院所蔵の仏像が安置されており、お守り販売所なんかもあるので、まあ、事実上の参拝場所はこちらということであるのである。

大御堂の前ではちょうどご住職が仏具屋さんらしき営業の人となにやら打ち合わせをしているので、映らないように映したのでアングルが変であるのであるが、それと霊気とは関係ないのである。

歴史の重みはその気の重さとなってあたしの波動にのしかかり、現在の境内の規模とは離反した壮大な迫力を持ってあたしの60兆の細胞に波動を共鳴させるのである。

この世はなるべしてなり願成就院はこのようになったわけである。

しかし、その800有余年に渡る想念の集積は時を超えて宇宙に組み込まれ、宇宙の果て深淵の彼方より膨大な波動となり素粒子の振動を伝えるのである。

宇宙とあなたの組成は同じであるからである。

あなたの中に宇宙を思う時、波動はいやでもあなたに共鳴するのである。

スピリチュアル 精神世界

2012年9月3日月曜日

成福寺(伊豆の国市)



静岡県伊豆の国市にある浄土真宗東本願寺派の寺院である晴雲山成福寺であるのである。

鎌倉北条氏歴代の菩提寺であるのである。

成福寺縁起によると、鎌倉幕府8代執権・北条時宗の第三子・正宗入道(幼名・満一丸)が正応2年(1289年)5月に時宗の菩提を弔うために建立した寺院であるのである。

神奈川県鎌倉市小袋谷にも浄土真宗本願寺派の寺院である亀甲山成福寺があるのであるが、こちらは北条泰時の子・泰次が開基であるのである。

北条時政が頼朝と政子のために建てた新居もこの辺りにあったそうであるが、詳細な場所は定かではないのである。

御本尊は阿弥陀如来であるのである。

成福寺には北条氏歴代の墓があるので有名であるのである。

鎌倉古道の細い道を抜けていくと成福寺の門前に出るのである。

このあたりには他にも北条氏ゆかりの寺や史蹟があるのであるが、周囲がおもいっきりの一般の住宅街であるので、門前町なんかはないのである。

成福寺境内には230種類250鉢の珍しい蓮を植えた鉢があるのであり、蓮の寺としても有名であるのである。

蓮にはそれそれ名前の札が付けられているのであるが、あたしは蓮になんの興味もないので何がなんだかわからないのである。

それで、本堂で参拝をしようと思ったらば、ほがらかなご住職がが出てきて麦茶のパックをくれたのでびっくりしたのである。

実に親切なお寺さんであるのである。

撮影冒頭から空は青く澄み渡り白い雲が浮かび、正に晴雲山の名の通り境内には実に大らかで明るい気が充満し、ああ、これはこのご住職の気であったかと納得したのである。



つーことで、明るいご住職のご案内で本堂内に入り御本尊の阿弥陀如来立像に参拝したのである。

やたらとオープンであるのである。

オープンついでに本堂内には猫が昼寝をしていたのであるが、そのようすは、後日、犬猫ブログにUPするのである。



それでまあ、なにしろ北条氏菩提寺ということであるので、北条氏の霊気を受けてあたしのポンコツな波動をもう少し重厚で格調の高い波動にしてみたいつーことで寺墓地に参拝であるのである。

まあ、この時はお盆の時期だけにいわゆる墓参りかね。

いや、墓参りはお彼岸か。

ううう、仏事に不案内な寺の世話人が何処にいるんだっ。

とにかく最初に立て札があってわかりやすい正宗、正宗母堂、時宗のお墓に参拝したのであるが、時宗の廟所は、鎌倉円覚寺(仏日庵)にもあり、正宗が分骨したということであるのである。

その後お参りした無量寿という墓銘の墓は北条一族歴代の墓であるのである。

まあ、お寺巡りつーのは墓巡りつーことでもあるのである。

墓地巡礼ツアーであるのである。

ああ、ありがたいありがたい。

なむあみだぶなむあみだぶ。

なんでも拝んじゃうわけである。

象気功の眼目のひとつは、「こだわらない」であるのである。

お釈迦さんのご意見でもあるのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年8月31日金曜日

引手力命神社



引手力命神社(ひきてちからのみことじんじゃ、ひきたぢからのみことじんじゃ)は、静岡県沼津市西浦江梨の大瀬崎(おせざき)にある神社であるのである。

まあ、大瀬崎にあることから大瀬神社(おせじんじゃ)と呼ばれることが多く、他に大瀬明神(おせみょうじん)などとも称されるのであるのである。

祭神は引手力命(ひきたぢからのみこと)とされているが、全国の主な式内社とされる神社でこの名前の神を祀るものは他に見られないのである。

これを古事記や日本書紀にも登場する天手力雄(男)命(あめのたぢからおのみこと)に比定する(同質のものがない場合に他の類似のものと比較して、そのものがどういうものであるかを推定すること)説もあるが、一般に天手力雄(男)命が山の神とされているのに対して引手力命は海の守護の神であるので、必ずしも定かではないのであるのである。

詳細な創建時期は不明であるが、白鳳13年(684年)に発生した大地震に伴って海底が突然三百丈余も隆起して「琵琶島(びわじま)」と呼ばれる島が出現したため、同時期の地震で多くの土地が海没した土佐国から神が土地を引いてきたのだ、と考えた人々がここに引手力命を祀ったのが最初、とも言われる説があるのである。

「琵琶島」はやがて砂洲の形成により陸繋島(りくけいとう)となり大瀬崎となったのである。

つーことで、今年第二回目の象気功海水浴開催地である大瀬海水浴場から大瀬崎の方を見ると、なにやらただならぬ気配霊気神気が漂ってくるのである。

それで、目を凝らして見てみると、突端の少し前あたりに鳥居が見えるのである。

「おお!なんと鳥居があるではないか、ああ、この海水浴場にいざなわれたのはあそこに鎮座する神の引き寄せであったか、ううむ、かなり距離があるが、ここはひとつ、何が何でもお参りしなければ神の使い大霊能者象師匠のあそことこことあのへんががすたる」

つーことで、てくてく歩いて参拝に及んだのである。

海水浴場からダイビングショップのならんだ海岸通りを大混雑のダイバーのおにーさんおねーさんの間を抜けていくと10分ぐらいの距離であるのである。

動画の冒頭でもごらんの通り、神社前の海は日本の海とは思えないぐらいの透明度であるのである。

しかしその美しい海も機嫌をそこねると荒れ狂って手が付けられなくなるのであるから、それを鎮めるために祀られているわけである。

人間の叡智を超えたものには神頼みつーことであるのである。

さて、その神頼みのための本殿拝殿までけっこうな段数の石段を上がってたどり着くと、これが意外や意外の爽やかて落ち着いた波動であるのである。

そらそうである。

創建のいわれはともかく、この神社に参拝する海に生きる皆さんの願いからいえば、ときどき機嫌を損ねて荒れ狂う海を鎮めるための神社であるから、「まあまあ、そんなに怒らんといてーな」つー、ううむ、なんで関西弁なのかわからんが、まあ、とにかくおだやかな性格の神でないと海神ともめて、さらにてんやわんやの大暴風雨になってなんのこっちゃになるわけである。

さてさて、参拝を滞りなく終えて、身体の細胞が隅々までいきいきと蘇る海の波動に加えてこの神社の爽やかな霊気神気に洗われて、都会生活で荒んだあたしの魂もきれーきれーになったのである。

きれーきれーってほかになんか言い方はなかったのかね。

まあ、そんなこんなで海の波動と引手力命の爽やかで落ち着いた霊気神気を受けてあなたの魂もお浮世の身過ぎ世過ぎで汚れきったあなたの魂をお洗濯していただきたい。

まあ、それもこれも、あなたの神が波動を受け入れる用意があるかないかであるのであるが、まあ、それもこれも神の思し召し神意であるわけである。

スピリチュアル   精神世界

2012年8月26日日曜日

大瀬海水浴場



伊豆の大瀬(おせ)海水浴場である。

大瀬海水浴場は大瀬崎(おせざき)にあるのである。

岬の東側の湾内は沼津市により、この「大瀬海水浴場」として整備され、1990年代に遠浅で透明度の高いことがマスコミで取り上げられて家族旅行先として有名となり、2006年には環境省の「快水浴場百選」に選ばれたのであるのである。

なにしろ快水浴場百選であるので、海水浴マニアのあたしが行った海水浴場の中でも抜群の透明度であるのである。

また、この動画でも、左側に雲に隠れてはいるが富士山を望める絶好のロケーションであるのである。

海水浴場には地元の観光委員会が運営する大きな駐車場があり、駐車料金も安いくて実に快水浴場であるのである。

夏の最盛期には数時間待ちになることもあるそうであるのであるが、この日は平日で夏の終わりということもあり、がらがらであったのである。

駐車場の前には大瀬海の家つー海の家があり、大人1人1000円温水シャワー付きで利用できるつーので、海の家は利用しないでそのへんで豪快着替えがもっとーのあたしも思わず利用してしまったのである。

大瀬崎は、静岡県沼津市西浦江梨にあり、伊豆半島の北西端から北へ駿河湾内に突き出した半島、または岬であるのである。

琵琶島(びわしま)と呼ばれることもあり、かつては海軍音響研究部大瀬崎実験所が設置されていたのであるがなんのことかわからないのであるのである。

先端から300メートルほどの、標高10メートル余りの峰の上には引手力命神社(ひきてちからのみことじんじゃ)、大瀬神社または大瀬明神と呼ばれる神社があり、崎のこれより先の部分は神社の境内地とされているのである。

半島の先端には伊豆大瀬埼灯台が建てられているのであるがこの動画には残念ながら映っていないのである。

ダイビングのメッカとして全国的、世界的に知られており、海水浴場沿岸と県道17号へ通じる市道沿い(高台)には、ダイビング・海水浴双方の利用客を相手としたペンション・民宿が軒を連ねている。

海水浴場沿いの歩道を歩いてみると、ダイバー向けのマリンショップと海の家を兼ねている店舗が並んでいて、海か上がったダイバーのおにーちゃんやおねーちゃんがたーくさん群れをなしているのである。

また、海水浴場は流入する河川もなく海底が砂利であるため砂が舞い上がらず、動画でもごらんの透明度であるのである。

それで、ダイバーでなくとも大人も子供も水中マスクとシュノーケルで夢中で海底を見ているのであるが、まあ、岩場ではなく砂利の海底であるので、メダカ程度の幼魚がほとんどで、大きな魚影は海水浴場の仕切りのブイから外海の深場にもぐらないと見ることができないのである。

湾内は上述の通り台風が直撃しない限りは潜れるというほどの安定したポイントのため体験ダイビングや講習に多く使われ、この日も数カ所で初心者らしき皆さんがスーツを着て大勢で集まっているのである。

つーことで、大瀬海水浴場をこれでもかとよいしょしたとところで、海に向かって二礼二拍一礼して海神竜神海霊に参拝礼拝してお礼の祝詞を奏上するのである。

海は生命発祥の根源であるのである。

あたしもあなたも海が存在しなければ存在しなかったのである。

溢れる海の波動霊気神気を心置きなく胆嚢いや堪能してあなたの60兆の細胞の活力を取り戻していただきたい。

ああ、ありがたいありがたい。

まあ、なんでもいいが、大瀬海水浴場の水温はかなり高くて、いつまで浸かっていられて極楽であるのである。

温泉かよ。

てなことであるが、空気も澄み渡り紫外線はさらに強めであるので、SPF50以上のUVカットクリーム持参をお勧めするのである。

どこまでも親切第一がもっとーの象気功であるのである。

まあ、こんなとこかな。

スピリチュアル   精神世界

2012年8月17日金曜日

箱根九頭龍神社新宮



箱根九頭龍神社新宮は箱根神社本殿拝殿の横に鎮座ましましておられるのであるのである。

まあ、九頭龍神社本宮は箱根町元箱根防ケ沢に鎮座ましましておられるのである。

御祭神は九頭龍大神であるのである。

ご利益は開運隆盛はもとより金運守護、商売繁盛、縁結びの龍神様として崇められているのであるのである。

まあ。この九頭龍さんはもともとはどーしよーもないよたもんで毒竜てな扱いで人々の顰蹙を買ってた嫌われもんであったのである。

しかし、人民に迷惑被害をこれでもかと与えていた毒龍に対し、萬巻上人さんが芦ノ湖の湖中に石壇を築いて調伏の祈祷を行ったところ、毒龍 はすっかり改心して形を改め、寳珠并に錫杖を捧げて帰依し、龍神とおなりになられたのである。

動画中に流れる水音は境内に九頭竜様の御神水である龍神水が湧き出ているからであるのである。

なにしろ九頭龍様であるのでアタマが9個もあるわけである。

9個もアタマがあったんじゃ思考が混乱して生活に支障をきたすんじゃなかろうかなんて不遜な心配をしてはいけないのである。
そこはそれ神様のことであるので、てきとーに調整できるわけである。

ううむ、てきとーに調整はもっとまずいか、まあいいや。

とにかくなにしろ龍神であるので水の神であるのである。

水は総ての生命発祥の源であるのでる。

砂漠でオアシスなんえことをいうことでもわかるとおり、ざっくりいうと水がないと生き物は生命活動ができないわけである。

なにしろ龍神水であるので、その汲んだ水自体が御神体てなことでもあるわけである。

その龍神水を汲んで持ち帰るためのペットボトルを箱根神社本殿前のお札所で100円で売ってるのである。

それを持ち帰って神棚に供えて毎日ペットボトルに向かっ二礼二拍一礼すれば、これ天にも登るご利益があるわけである。

もちろんあたしも100円持ってお札所に全速力で馳せ参じて、

「ペッペッペットください!」

と絶叫したらば巫女さんのコスプレのおねーさんが、

「ペットと言われましても犬も猫もハムスターも売っておりません」

つーよーなつれないご返事であるので、

「ううう、そうじゃなくて、ほれ、龍神水を汲むやつですよ、ああ、ここにある、これこれ、これください、お願い売ってようふん」

と申し上げたら売ってくれたので、ペットボトルにご神水を汲んで持ち帰ろうと車に乗り込んだら暑くて喉が乾いたので飲んじゃったのである。



さてさて、その御神体である御神水の威力はいかばかりかとご期待の向きはこの動画の本殿拝殿さらには龍神水の湧き出るパワーと霊気神気を余すところなく受けて魂を潤し生命の息吹をご堪能いただいて明日からの人生の礎(いしずえ)としていただきたい。

あなたの中に神を思えば九頭竜大神のエネルギーと共鳴していやがうえにもあなたの経絡を開き波動を高めるのである。

スピリチュアル  精神世界

2012年8月13日月曜日

箱根神社



箱根神社(はこねじんじゃ)である。

箱根神社は、神奈川県足柄下郡箱根町にある神社であり、旧社格は国幣小社である。

箱根大神を祀り、かつては箱根権現、三所大権現と称し、また修験道と習合し関東山岳信仰の一大霊場であったということである。

箱根大神とは瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)の総称であるのである。

創建は『筥根山縁起』によれば、孝昭天皇(紀元前475年2月21日 - 紀元前393年9月5日)の時代に、聖占仙人が駒ヶ岳を神体山として神仙宮を開いたのに始まるということであるので、なんと2500年に垂(なんなん)んとする歴史があると言い張っておられるわけである。

なんにしても天下の険にふさわしい由緒正し神の社(やしろ)であるわけである。

箱根神社のご利益は交通安全・心願成就・開運厄除である。

境内には最近パワースポットとしても話題で、開運隆盛、金運守護、商売繁盛、縁結びのご利益の龍神様として崇められる九頭龍神社の新宮もあるのである。

平成22年には天皇陛下御即位20年奉祝記念事業のひとつとして境内に新しく御井を穿(うが)ち、豊潤な水脈から湧き出る霊水は、12月23日の天長祭の佳日より、九頭龍神社新宮前の龍神水に流れを進め、参拝者にもそのご利益が授けられ、それを掌に受けて口を漱げば一切の浮上を洗い清め、これを家に持ち帰り手神棚に備えて持ちうれば家内清浄、縁起の養生となるのであるとおっしゃられているのである。

さらに、弁財天、恵比寿天も祀られ、いやがうえにも開運、金運のご利益も授かる、あれも欲しいこれも欲しいという強欲な衆生の願いをこれでもかと聞き届ける至れり尽くせりの親切な神社であるのである。

てなことでちょーしにのってうっかり「えふえっくすで1億円儲かりますように」なんてゴタクを抜かそうもんなら、辛辣な神罰をもってこれに応えるのは神の勤めであるので、うかうかとのせられてはいけないのはいうまでもないことであるのである。

つーことで、神の使い神職を旨とする象師匠自ら車を飛ばし、箱根大神にいざ参拝を果たしたわけでである。

参道のそこかしこに降り立つ神々と鳥居周りをうろうろと巡回徘徊する眷属神の出迎えを受け、あたしの霊気の波動振動は数倍に振幅を広げ、細胞はいかんなくその生命の息吹を吹き上げるのである。

さすがは箱根大神であるのである。

何をいってるのかさっぱり意味がわらないのである。

意味がわからなくてもそのご利益は参道石段を上ることから始まり、芦ノ湖に立つ鳥居まで効果満点のエネルギーを注いでくれるのである。

まあ、芦ノ湖の鳥居に向かう途中に後ろから来たカップラの彼氏が「ほらごらん、満ち潮になると鳥居が水面に浮いて見えるんだよ」と彼女に得意満面の解説をなさっておられるのであるが、それは厳島神社の鳥居である。

そんな彼氏に一生を託すかのかもしれないと思うと、今後の彼女の惨憺たる人生を思い描いて心が痛むのであるが、さらに惨憺たる人生の我が身を省みて大きなお世話であるのはいうまでもないことであるのである。

まあ、それもこれも宇宙の深淵の果ての穴ぼこにお住まいのおおいなるあの方の思し召しと思えば「ああ、ありがたいありがたい」と心もあそこも澄み渡るのである。

おびょーきの人の文章であるのである。

だれがおびょーきだっ。

一人ツッコミがおもいっきりスベってあらいやんであるのである。

やっぱり神社の階段つーものは気功的にも実に利に適っているのである。

階段を上ること自体が気功であり、さらに本殿拝殿に近づくほど神の神気波動が強くなり、拝殿の本坪鈴、鈴尾の下に立てばその振動波動は最高潮となりあたしの細胞を揺り動かすのである。

これぞ魂振(たまふり)であるのである。

象師匠渾身の魂振りの神気霊気の波動振動をあなたの体内に受けてあなたの自身の神の魂振の一助としていただきたい。

スピリチュアル   精神世界

2012年8月3日金曜日

今井浜海水浴場



今井浜海水浴場は、静岡県賀茂郡河津町にある海水浴場であるのである。

最寄の駅は伊豆急行今井浜海岸駅で、約 1kmほどの砂浜が相模湾に面して、南北に広がっているのであるのである。

遠浅の海岸で、浜の中央に岩場があり、松原もある「白砂青松」の浜であるのである。

なにせ白砂青松であるのである。

砂は白く松は青いのである。

この日ははるか沖合に台風が接近していてどんどん波が荒くなり、このあと午後にはサーファーがどんどん集まってきて大賑わいであったのである。

なんで、海水浴場で霊気神気であるのかつーと、これが、海神竜神を降神しての水垢離禊祓(みずごりみそぎはらえ)神事つーことであるわけである。

困難苦難に喘ぐ全世界の衆生のために、逆巻く荒波をかき分けて象師匠一世一代命がけの神事修祓(しんじしゅばつ)であるのである。

まあ、なんで海かとゆーと、生命の起源は海に始まるからであるのである。

たとえば人間の卵子と精子が結合して細胞分裂が始まり、子宮の羊水の中で魚類、爬虫類、哺乳類と、人間になるまでの生命の進化の歴史をたどるわけである。

その羊水は原始の海水と同様の塩素濃度を持ち、ざっくりと言えばある意味似た成分構成比率であるのである。

つまり、海水による水垢離禊祓神事は羊水回帰であるのである。

まあ、そうはいっても、それじゃ、いつも海でお仕事をしている漁師さんやダイバーや海女さんなんてお仕事の皆さんが海神龍神のご利益で何か特別な能力が得られるとか、特別ご長寿であるかとゆーとそうでもないわけである。

あくまでも海は海であるのである。

されど海であるのである。

さてそんな戯言(ざれごと)はともかく、神の啓示神示み言葉を伝える随神(かんながら)を旨とする史上最強の大霊能者象師匠として、禊祓(みそぎはらえ)神事を粛々と修祓しなければならないのである。

この禊ぎ祓い神事は伊邪那岐命(イザナギノミコト)が死者の国である黄泉国(よみのくに)から帰ってきたときに、死者の国の穢(けが)れを祓うために筑紫日向橘小戸(つくしひむかたちばなのおど)の阿波岐原(あはきはら)で禊祓を行ったことに起源を発するのであるのである。

天照大神(アマテラスオオミカミ)、須佐之男命(スサノオノミコト)、月読命(ツキヨノミコト・ツクヨミノミコト)の三柱は、この禊により生まれた神々であるのである。

まあ、とにかく、鳥船(とりふね)行事、雄健 (おたけび)行事、雄詰(おころび)行事、気吹(いぶき)行事、と禊祓神事に先立つ行法を隈なく速やかに滞(とどこお)り無く鮮やかに修したのである。


鳥船(とりふね)とは、大音声(だいおんじょう)を発しながら船を漕ぐ所作をすることで、定められた作法と言霊と呼吸法により心身と霊魂を浄化統一する所作法であるのである。

雄健(おたけび)とは、神我一体の真我となる秘法であるのである。

雄詰(おころび)とは、神威を如実に顕すところの「神叫び」であるのである。

気吹(いぶき)とは、日本民族古来伝承の「神の呼吸法」であるのである。

これらをすべからく手を抜くこと無く真面目にひたすら厳粛げんしゅく)に行して、気温33度の猛暑の中、躊躇(ちゅうちょ)もなく我が魂の故郷である海に飛び込み荒ぶる波に洗われたのである。

「あああ、なんて気持ちいいんだ、こりゃ極楽だあああっ」

と感涙に咽(むせ)ぶことしばし、身も心も濯(すす)ぎ浄めた天下の大霊能者チャネラースピリチュアリストの象師匠はさらにその霊能力を開花させ波動を高めて荒波を乗り越えてクロール、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、抜き手、片抜き手、立泳ぎ、浮身とあらゆる泳法を持って海神竜神に祝詞を奏上したのである。

なんつっても海水浴は気持ちいいのである。

おいおい。

つーことで阿波岐原に誘(いざな)い羊水回帰を果たす海の霊気神気とともに、開花繚乱(かいかりょうらん)したあたしの霊能霊気の波動エネルギーを受けてあなたの霊気波動を開花させていただきたい。

スピリチュアル   精神世界

2012年7月30日月曜日

夫婦木姫の宮



山梨県甲府市の昇仙峡の仙娥滝上の商店街の真ん中あたりに鎮座する夫婦木(めおとぎ・みょうとぎ)姫の宮である。

なんでも、この姫の宮の御神体である檜の霊木は、山梨県の昭和五十年度、奥地林道の開発により、道路が御霊木へ直進することに成り、これこそ御神霊の御心の計らいなりと慎みて伐木し、山奥よりこの昇仙峡滝上の聖地へ、お遷し致しまして御神体として祭祀申し上げたそうであるのである。

尚、上社の御神木「夫婦木さま」のお姿の御分霊も併祀して、参詣祈願の人々に汎く御利益をお授けするものでありますのであるのである。

その御神体であるご霊木のお姿は差し障りがものすごくあるので、詳しくご説明申し上げられないのであるが、主たるご利益は夫婦円満、縁結び、子授け、てなことであるので、まあ、つーことであるのである。

それで、夫婦木神社の御神体である霊木については、金櫻神社が消失した時に再建するために近隣の樹木が伐採されて、その中にその御神体となる栃の木の霊木「夫婦着さま」があり、それを見た皆さんが「これをたーだ切っちゃうのはもったいないから、御神体にしてお祭りしましょうよ」つーことで祭祀したつーご意見もあるのである。

さらに昭和50年の道路建設のときに、これもはっきりとは申し上げられない似たような形の檜を御神体として姫の宮を創建し祭祀したつーことであるんだろうとご推察遊ばすのである。

両御神体はともに金櫻神社の所有地にあったということであるが、定かではないのである。

つーことで、まあ、昇仙峡といえば、御岳町に鎮座する夫婦木神社が有名であるのであるが、その夫婦木神社を上社とし、上社の御神体である夫婦木さまを御分霊なさっておられるそうであるから、この夫婦木姫の宮は夫婦木神社の下社となるわけである。

さらに交通安全ご利益の運転神社というそのまんまのネーミングの神社も下社として鎮座なされているのである。

実に甲府市観光に街おこしに協力的な神社の皆さんであるのである。

まあ、てなことで、この神社に参拝すると、本殿拝殿からえもいわれるミュージックが流れてきて、古き良き喫茶店つーのか、そこはかとない趣で、そこはそれ、なんでも嬉しい象師匠としては大爆笑であるのであるが、笑いをこらえての霊気神気の撮影であるのである。

人間の文明文化発展の原動力はもちろん種の保存のエネルギーによるものであるので、そのエネルギーを妙なる調べとともにお受けいただいて、今後のさらなる人類繁栄の一助としていただきたい。

ああ、ありがたいありがたい。

ううう。

なんで泣いてるの。

スピリチュアル   精神世界

2012年7月27日金曜日

夫婦木神社



山梨県甲府市御岳町にある夫婦木(めおとぎ・みょうとぎ)神社であるのである。 

主なご利益は夫婦円満、和合繁栄、縁結び、子授け、安産であるのである。 

その他に、家内安全、商売繁昌、交通安全、健康長寿、健康成長となんでもありであるが、まあ、そこはそれどこの神様もご利益多角経営であるのである。 

神社の由来ともなった夫婦木は、甲府市北方の山奥、下黒平に生育し樹齢千年の栃の木のご神木であるのである。 

世界の奇木でありご霊木といわれるこの夫婦木は、周囲十米余、外形の入口ははっきりとは申し上げられない女性のナニを示し、内部は空洞にて上部から長さ五米、周囲二米に近いこれもはっきりとは申し上げられない男性のナニナニが目を見はるばかりに垂れ下がっているのであるのである。

その夫婦木を金櫻神社が消失したときに再建するために切りだされ、この地に祭祀し御神体としたのである。

この夫婦木に男女が参詣して祈れば必ず結ばれ、子宝の欲しい夫婦が揃って祈願すれば必ず授かると云う、霊験あらたか実におめでたい御霊木であるのである。

まあ、その山奥のご霊木のミニチュア版てな趣の女性のナニを示した御神木が境内にあるのであるが、この動画で石段の途中で方向を間違えた先に鎮座ましましておられるのである。 

夫婦木神社は金櫻神社のすぐ近くであるので、金櫻神社で金運を祈願しで、この夫婦木神社で和合を祈願すれば、金運財運、男女和合、夫婦円満、子宝、安産と人生の目的はほとんど達したようなもんである。

ところがこれ神様てなものはお願いすると神罰をもってお応えになるので油断できないのである。 

神社にお参りしたときは、「ありがたいありがたい」とひたすらお礼を述べるのが正しい霊的参拝作法であるのである。 

さらに、「いやー、あんたはえらい、よっ大統領」と褒めあげればさらに霊験あらたかご利益満載になること請け合いであるのである。

だれだって忙しいのに見ず知らずのやつに勝手なお願いなんかされたらうざいしめんどくさいのである。

逆にだれても褒められれば悪い気はしないのである。

神様だって同じである。

 神は自分に似せて人間をお造りになったのである。

いいね。

口から出まかせのこじつけもこのぐらい鮮やかだど気持ちいいのである。

つーことで、彼氏彼女が欲しい人、あるいは子供を授かりたい人はこの動画に向かって「ありがたいありがたい」とひたすらわめいて心願所願成就となるのである。 

おめでたい気のついでにあたしの気も出てるのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年7月20日金曜日

金櫻神社


金櫻神社(かなざくらじんじゃ)は、山梨県甲府市御岳町に鎮座する神社である。

まあ、名前の通り、桜の名所としても有名であるのである。

金のなる木の金桜、「うこんの桜」でも有名であるのである。

幕末までは蔵王権現と呼ばれ、慶応4年(1868年)の由来書で「金櫻神社」と称しているのであるのである。

雄略天皇時代に金峰山に本宮として創建されたとされる山岳信仰の神社で、金峰山信仰(御嶽信仰)の中心神社であるのである。

御神体は、高さ20メートルの花崗岩質からなる五丈岩であるのである。

御祭神は少名彦命(スクナビコナ)、大己貴命(大国主)、須佐之男命(スサノオ)、日本武尊(ヤマトタケル)、櫛稲田媛命(クシナダヒメ)で、ご利益は厄除け、金運であるのである。

御神宝は当地の名物でもある水晶であるのである。

それで、まあ、行ってみると、大鳥居から入った急な参道石段の前の駐車場には誰も居なくて、手水舎の龍神様からはご神水も出てなくてカラカラで、閑散とした雰囲気で、あーらびっくりねであるのである。

ところが本殿拝殿の近くの駐車場には、それなりに参拝客の皆さんが車を停めておられて、鳥居をくぐって境内に入ってみると本殿前の広い境内にはちらほら散策の方もおられるのである。

つまり長くで急な参道石段を登る人はいなくて、参拝客の皆さんは長くて急な参道石段を端折って、本殿近くの駐車場に車を停めてお気楽に参拝するために、動線が変わってしまって、参道入口の大鳥居周辺はほったらかしになってしまったてなことらしいのである。

これでは山岳信仰もへったくれもなくて、ありがたーい神社参道石段の健康ご利益は形骸になってしまったわけである。

車社会が信仰の形も変えてしまうということであるのであるが、まあ、それはそれで、楽しければなんでもよろしいわけである。

大鳥居から参道石段周辺のどうかと思う荒れ果てた状況はともかくとして、本殿境内は大変良く手入れが行き届いて、金櫻神社ここにありという神の降り立つ庭としての貫禄十分であるのである。

神がここに着陸しなければどこに着陸したらいいつーぐらいの迫力で、ああ、これなら日本の八百万(やほよろず)の神々が集うのはさもありなんありがたいありがたいと二礼二拍一礼を持って式神を呼び、あたしの念はいやおうもなく神に投射され高まるわけである。

これ、神を開けばその神気はあたしの体内素粒子の霊気を震わせ、その心地よさで眠気さえ催すほどである。

なかなかいいね。

スピリチュアル   精神世界

2012年7月1日日曜日

深大寺


深大寺(じんだいじ)は、東京都調布市深大寺元町五丁目にある天台宗別格本山の仏教寺院で、山号は浮岳山である。

本尊は本堂に安置されている阿弥陀如来を中尊として、その左右に左脇侍の観音菩薩と右脇侍の勢至菩薩を配する、観無量寿経を根拠とした三尊形式である阿弥陀三尊像である。

 しかし、諸祈願については元三大師堂(がんざんだいしどう)に安置されている第十八代天台座主である元三慈恵大師良源像(がんざんじえだいしりょうげんぞう)を本尊として行われるのである。

深大寺の名称は、仏法を求めて天竺(インド)を旅した中国僧玄奘三蔵を守護したとされる神「深沙大王(じんじゃだいおう)」に因むと伝えられ、もちろんこの深大寺境内にも祀られているのである。

 天平5年(733年)満功上人が法相宗の寺院として開創したと伝えられ、859年に天台宗に改宗されたのであるから、とんでもない歴史のある古刹であるわけである。

1646年と1865年に火災に遭っており、堂宇の大半を失っているのである。

現在の本堂は大正年間の再建であるのである。

東京都では浅草の浅草寺に次ぐ古刹であるのである。

さらに、隣接する東京都立神代植物公園は旧寺領であったのである。

また、毎年3月3日から4日まで行われる深大寺ダルマ市は日本三大だるま市のひとつに数えられているのである。

まあ、深大寺といえば深大寺そばがつとに有名であるのであるが、深大寺境内にはそば守観音てなわかりやすい観音像もあり、毎年10月にはそば守観音供養祭も行われるのである。

まあ、深大寺には大昔に2度ばかりか来ているのであるが、本堂を参拝しただけで、元三大師堂やら開山堂やら深沙大王堂てなものがあるとゆーのも知らなかったのである。

以前はこんなに整備されていたような感じはなかったのであるが、現在はなかなかの古刹の雰囲気がトータルに演出されているのである。

この日は平日であるが、観光バスで外国人観光客の皆さんも大勢来られていて、国内外の観光ルートに入っているつーことなのかどーなのか、大繁盛であるのである。

>門前町も大賑わいで、以前の記憶では、そば屋が数軒だけだったような気がするのであるが、昨今はテレビ番組でも頻繁に取り上げられるので、すっかり観光地化してそば屋も参道から離れたところまで数十軒がひしめいているのである。

あたしは誰もいないひっそりとした神社仏閣の境内よりは、参拝客観光客で大賑わいの気に溢れた境内の方が好きであるのである。

この深大寺の霊気神気も、テレビなどに露出が増えてすっかり観光地化して、参拝客というよりは物見遊山の観光客が大半になったことで、うきうきわくわくの波動であるのである。

境内の霊気神気の波動は素粒子クォークの振動に共鳴を起こして、心もうきうき食欲もさらにわくわくであるのである。

神社仏閣霊場巡りは基本的に健康増進が目的であるのであるから、なんだって元気になればいいのである。

元気がなくなるとものごとがうまく行かなくなって、おびょーきになって、しまいにはお亡くなりになるわけである。

まあ、いつもいうことであるが、人間は元気なうちが華であるのである。

さらに、この動画からはあたしの気が溢れ出るのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年6月11日月曜日

久能山東照宮・象師匠撮影



久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)は、静岡県静岡市駿河区に鎮座する東照大権現(徳川家康)を主祭神とする 神社である。

創建は元和3年(1617年)で、徳川家康が晩年を駿府で過ごし、元和2年(1616年)に死去した後、遺命によってこの地に埋葬されたのであるのである。

2010年(平成22年)12月に、本殿、石の間、拝殿が国宝に指定されたのであるのである。

なにしろ国宝であるのである。

これ、表参道石段から上がり始めると、17折だかなんだかで、1159段の石段がこれでもかとジグザグに続くのである。

いちいちごくろうさんだそうであるが大きなお世話であるのである。

この日はどこかの高校生がバスを降りて大はしゃぎで駆け上がっていたのであるが、お太り気味運動不足のおじさんおばさんは息も絶え絶えになる段数であるのである。

おおはしゃぎの高校生に「修学旅行?」と聞いたらば、「いいえ、社会見学です」だそうである。

それで、、その駆け上がる高校生の一番最後から男性でお太り気味の引率の先生が大汗を拭きながら息も絶え絶えに登ってきたのである。

それで、この段数じゃ参拝客が減っちまうとということなのかなんなのか、日本平の駐車場からロープウエイが通じていて、1159段を登る体力に自信のない人も大丈夫であるのである。

ロープウエイご利用料金は片道500円であるのであるが、まあ、駐車場の問題で、行ったらロープウエイで帰ってこなけりゃならないので、往復1000円であるのである。

観光案内かよ。

ううう、むやみなひとりツッコミで心が寒くなって風邪ひきそうじゃねーかつーことで、まあ、あたしみたいなご利益マニアの場合は、参道石段下の民間の駐車場に停めて、石段を延々上がって、息も絶え絶えになってお楽しみいただくことをご推奨するのである。

この動画は楼門を登るところから始まるのであるが、この楼門をくぐってからが東照宮詣での始まりつーことであるのである。

楼門の二階部分には後水尾天皇の宸筆(天皇自ら書かれた書)である「東照大権現」の扁額(へんがく)が掲げてあり、勅額御門とも言われているのであるのである。

まあ、それで、神社というと、どなたも人知を超えた神という存在に多少の畏怖、恐れという感情を抱くものであると思うが、この東照宮はなにしろ造りが絢爛豪華きらびやかの極みであるので、心が踊るというのか、極楽気分というのか、とにかく元気をもらえる神社であるのである。

人間の身体・脳の仕組みとして、明るく楽しければそのようなホルモンが放出されるし、暗く陰湿で恐ろしければそのようなホルモンが放出されるわけである。

その点で、この久能山東照宮はいわば一瞬の夢、極楽を味わえる神社であるのである。

極楽を味わえるのであるから、極楽ホルモンの放出はさもありなんつーことである。

楽しけりゃだいたいOKつーことである。

この動画の境内から本殿拝殿の前にあなたの霊体アストラル体エーテル体を誘い、その楽しけりゃOKの波動振動を細胞の素粒子クォークにくまなく同期させていただきたい。

スピリチュアル   精神世界

2012年6月5日火曜日

寸又峡・夢の吊り橋


寸又峡といえば夢の吊橋である。

夢の吊り橋は、静岡県川根本町にある大井川支流寸又峡の大間ダム湖にかかる延長約90m、高さ約8mの吊り橋である。

その名称については、夢に出そうな幻想的な橋という意味合いの他に、渡るのが怖く て夢に見そうな橋という意味合いもあるのであるそうである。

まあ、川面からの高さ自体は約8mであるので、飛び込めといえば飛び込めないでもない高さであるので、「夢に見そうな」ほど怖いかとゆーと、そうでもないのである。

ところがこれ、渡ってみるとわかるのであるが、意図したものなのかどうなのか、足元の板がとんでもく薄くて貧弱なのである。

そのとんでもなく薄い板が、いつ割れて脚がその割れ目に落ちるかしらんてな恐怖心がお楽しみであるのである。

さらに、ワイヤーがこれでもかと細いのである。

そのこれでもかと細いワイヤーがいつ切れて、8m下の川に転落するのかしらんつーよーな恐怖心がさらにお楽しみを増幅するわけである。

さらにこれが渡り始めると揺れる揺れる。

あたしは1人で渡ったのであるが、それでもそうとう揺れるので、これが数人だと、それこそグーラグラ揺れて、ワイヤーの細さも手伝って、今にも転落しそうな恐怖心がそこはかとなく襲ってくるわけである。

それで、この日は平日にもかかわらず、結構な人数の観光客やハイキングの皆さんが、夢の吊橋入り口の急な階段を降りてこられてこの橋を渡っているのであるが、見ていると、渡り始めてから途中で動けなくなって戻ってくる人もけっこうおられたり、最初からギブアップのおばさまもおられるのである。

新東名高速道路開通以来、寸又峡に観光客がどっと増えて、休日にはこの夢の吊橋に並ぶてなニュースをやってたので、制限の10人で渡った場合にはさらに揺れはすんごいだろうなーてなことは想像に難くないわけである。

ううむ、日本語がむちゃくちゃだが、まあいい。

さて、神社仏閣でもない寸又峡の観光スポットがどうしてパワースポットなのかつーことである。

パワースポットって、しかし、まあいいか。

もちろん川と森林である。

水のマイナスイオンなんて疑似科学ホラ吹き効果を吹聴する気はさらさらございませんが、川のせせらぎの波動と森林の樹木が発する気の波動は、それこそあたしのような極悪最低の人格霊格の者の心も洗い清め浄化昇華させ常世浮世現世と霊界黄泉の国をその魂が行き来する心地が味わえるわけである。

あたしは何いってんでしょうか。

まあ、さらに渡るときのそこはかとない恐怖心がよろしいのである。

渡っている間は常世浮世現世の悩み恨み辛み妬み嫉みてな煩悩から、一瞬の間であるが逃れ捨て去ることができるのである。

さらにこの川面に幻想の船を浮かべ、それに悩み恨み辛み妬み嫉みを乗せて流せば、これ、人生の極楽を味わえること請け合いであるのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年5月23日水曜日

町田天満宮出世稲荷神社


東京都町田市にある町田天満宮の出世稲荷神社である。

天満宮は菅原道真を祭神とするわけであるので、学問の神として有名であるのであるが、農耕農業神でもあるのである。

農耕神であるから、五穀豊穣のご利益を願うために祀られているわけである、

稲荷神も「稲生」「稲成」と表記する神社もあることからもわかるように、その名の通り元来は農耕農業心身とての五穀豊穣ご利益の神であるのである。

まあ、現在はそれが転じて、食物神・農業神・殖産興業神・商業神・屋敷神として祀られているわけである。

日本各所にある神道上の稲荷神社の総本社は京都市伏見区にある伏見稲荷大社であるのである。

神道の稲荷神社では古事記、日本書紀などの日本神話に記載される宇迦之御魂神(うかのみたま、倉稲魂命)、豊宇気毘売命(とようけびめ)、保食神(うけもち)、大宣都比売神(おおげつひめ)、若宇迦売神(わかうかめ)、御饌津神(みけつ)などの穀物・食物の神を主祭神とするのであるのである。

この町田天満宮の出世稲荷も伏見稲荷より宇迦之御魂神を勧請し祭祀したのであるのである。

また神仏習合思想においては仏教における荼枳尼天(だきにてん)と同一視され、豊川稲荷を代表とする仏教寺院でも祀られているのである。

まあ、そんなこんなで、本来は穀物・農業の神だが、現在は産業全般、商売繁盛を願う神として信仰されているのである。

出世稲荷神社は日本各地にあり、また、この町田天満宮のように神社境内に祭祀され、祭神は宇迦之御魂神を祭神とするのである。

まあ、出世稲荷であるから、ご利益は「立身出世」「出世開運」であるわけである。

これが、感じる方は感じる、大変な霊気神気であるのでる。

まずは画面から発せられる、その怒涛の波動を感じていただきたい。

光が見える方もおられると思うが、それが神の振動波動であるのである。

この神社の鳥居をくぐろうとしたときから、そのただならぬ気配に「ううむ、なんだこりゃ、すごいねどうも」と感心したぐらいの波動であるのである。

社(やしろ)に鎮座する宇迦之御魂神の前に詣でると、その波動はさらに強くなり、飛ばされそうな圧力であるのである。

この動画にもその霊気神気は遺憾なく取り込まれておりますので、あたしの波動と合わせてあなたの素粒子クォークに振動を与えて、さらなる気の高まりへと昇華昇神していただきたい。

まさに霊気神気を受ける動画であるのである。

まあ、びっくりね。

スピリチュアル   精神世界

2012年5月19日土曜日

町田天満宮


亜千田天満宮は東京都町田市に鎮座する菅原道真を祭神とする神社であるのである。

JR町田駅から徒歩で5分ほどの住宅街にあるのである。

まあ、もちろん菅原道真公といえばその並外れた秀才ぶりから、学問・書道の神様として受験合格祈願にご利益にその名が高いわけであるが、農耕神としての信仰もあり、境内には牛さんのモニュメントがあるのである。

さらに、本人が藤原時平の諫言によリ左遷され晩年を不遇に過ごしたことから、冤罪を救う神てなご利益もあるのである。

創建については、町田天満宮の起こりは1580年ごろで、棟札に元和元年(1615年)に「天満天神奉遷宮」とあるつーことであるのである。

まあ、町田市とともに、400年以上の歴史を持つ霊気神気の集積であるわけである。

まあ、昨今は西の歌舞伎町とも揶揄される繁華街の雑踏からは想像もできない静寂に包まれた神域であるのである。

町田市は東京都ではあるが、以前は都下と称した地域にあり、古来より農耕が中心の地域であったわけであるので、この町田天満宮も周囲の農民による五穀豊穣を願う農耕神としての信仰であったのがわかるような、のんびりとして落ち着いた穏やかな波動であるのである。

この動画の境内にあなたの霊体を置き、そのゆったりとうねる波動を受けて、心身ともにリラックスして、細胞の活性度を高めていただきたい。

スピリチュアル   精神世界

2012年5月6日日曜日

武蔵御嶽神社



武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ)は、東京都青梅市(武蔵国多磨郡)にある武蔵御岳山の山上に鎮座し、祭神として櫛真智命などを祀る神社であるのである。

この神社は中世以降、山岳信仰の霊場として発展し、武蔵・相模に渡る信仰圏を獲得し、式内大麻止乃豆天神社という説があり、旧府社であるのであるが、現在は神社本庁に属していない単立神社であるのである。

創建は崇神天皇7年(紀元前91年)とされ、天平8年(736年)に行基が蔵王権現を勧請したといわれるのであるのである。

まあ、武蔵御嶽神社といえば、現在は絶滅してしまった日本狼を神格化した「大口真神(おおぐちまがみ・おおくちまかみ・おおぐちのまかみ)」であるのである。

この大口真神信仰から犬の守り神てなことで、参道石段前の手水舎には犬用があり、ケーブルカーにも犬専用のスペースがあり、犬専用スペースの前の椅子に座ってみたらば当たり前であるが犬臭いのである。

大口真神は本来は火防・盗難除・厄除てなご利益で、その御神札を台所の入り口などに貼るのである。

まあ、あたしの家は、以前はこの御嶽神社の神主さんの一人が、御師さんとして御神札配布の際の宿泊所としていたのである。

いわゆる御師さんに対する旦那であるのである。

御師さんとは神社の世話をする神職であり、宿坊も営んでいるのである。

信者である旦那は時期になると講を組んで御師さんの経営する宿坊に宿泊して、御嶽神社に参拝するという関係でもあったのである。

そのいわば我が家の担当の御師さんが亡くなられて、そのそれを引き継ぐ後継者がおられなかったので、その御師さんの経営する宿坊は閉鎖されてしまったのである。

それで、我が家に御師さんがこられなくなってしまったので、毎年、春になるとケーブルカーに乗って武蔵御嶽神社に御神札を戴きに来るのである。

まあ、これ、現在ではあたしの年代のものでも「講」なんていっても通じない方がほとんであるので、昨今では講を組んで参詣に来るなんて人はどんどん高齢化してお亡くなりになるので、このままでは武蔵御嶽神社の宿坊を含めた文化はやがては消えてしまうかもしれないという寂しい状況であると危惧するのはあたしだけではないと思うのである。

人間の社会生活のほとんどは「やらなくてもいいこと」であるのであるが、まあ、この武蔵御嶽神社の御神札をもらいに来る年中行事も、もちろん実際には「やらなくてもいいこと」であるのである。

あたしは常々公言しているとおり神も仏もない不謹慎極まりない不心得者であるので、この御嶽山詣でも、まったくの物見遊山であるのであるが、いうまでもなく、これが人生に彩りを添えるお楽しみであるのである。

まあ、それはともかく、この動画はあたしがビデオカメラを回しながら、ううむ、現在のビデオカメラはテープじゃないので、回しながらというのも変であるが、まあ、他に言い方も思いつかないので、まあ、とにかく、ビデオを回しながら石段をどんどん登って、途中で石段のメンテナンス中で回り道して、坂道をどんどん登って、おつむはぱーでも体力脚力自慢の象師匠もさすがに息切れして、それでもどんどん登って、本殿拝殿までたどり着いたわけである。

まあ、神社に集積した参拝客関係者の霊気神気は心がけや身体のレベルによって受けるものも受けないものもいるわけであるが、この本殿拝殿までの石段坂道を登れば、気功効果はどなたも満点大笑いであるのである。

その石段坂道気功効果の波動をこの動画の中にあなたの霊体アストラル体エーテル体を誘(いざな)い、余すところなく感受いただきたい。

スピリチュアル   精神世界

2012年4月28日土曜日

塩船観音寺



塩船観音寺(しおふねかんのんじ)は、東京都青梅市塩船にある真言宗醍醐派の別格本山で山号は大悲山であるのである。

伝説によれば、大化年間(645年 - 650年)に、若狭国の八百比丘尼が、紫金の千手観音像を安置したことに始まるてなことから、本尊は十一面千手千眼観世音菩薩であるのである。

関東八十八ヶ所霊場第七十二番札所、東国花の寺百ヶ寺東京第十三番札所、奥多摩新四国八十八ヶ所霊場第五十九番札所であるのである。

「塩船」の名は、天平年間(729年 - 749年)に行基(ぎょうき/ぎょうぎ、天智天皇7年(668年) - 天平21年2月2日(749年2月23日))がこの地を訪れた際、周囲の地形が小高い丘に囲まれて船の形に似ているところから、仏が衆生を救おうとする大きな願いの船である「弘誓の舟(ぐぜいのふね)」になぞらえて、名付けられたものと伝えられているのであるのである。

てなことで、まあ、これ、ものすごい辺鄙な里にあるように思うが、東京都であるのである。

塩船観音寺といえば、もちろんツツジで有名であるのであるが、まだ時期には早いので、ツツジは咲いてないのである。

それじゃ何しに行ったのかつーと、もちろん、霊能力増幅のための霊場行脚であるのである。

行脚といっても歩いて行く訳じゃなくて、もちろん車でお気楽に行くのである。

最近の神社仏閣はどこでも観光に力を入れているので、たいていは大きな専用の無料駐車場が完備していて、あたしのような霊能を生業(なりわい)とする修験者にはとても便利であるのである。

言いたい放題であるのである。

言うのはただであるのである。

まあ、それで、なにしろ霊場行脚であるので、仁王門から入って犬に吠えられてもどんどん歩いて、阿弥陀堂に参拝して、薬師堂にも参拝して、本堂に参拝して、塩船観音寺をあたしの気で包み、境内に満ちる霊気波動の増幅にご助力申し上げたわけである。

なにしろ御本尊が十一面千手観世音菩薩であるのでご利益はなんでもござれで、その波動は全身の細胞を震わせいやがうえにもあたしの霊魂に振動を与え激しく揺り動かすのである。

真言密教修験道の流れを組むつー塩船観音寺であるから、もちろん、「林・彪・当・社・烈・財・前」との大音声怒号を発して悪霊邪気禍魂(まがたま)を祓い、千手観音印さらに十一面観音印を結び、千手観音真言「オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ」と3度唱えたのである。

さらに十一面観音真言「オン・ロケイ・ジンバ・ラ・キリク・ソワカ」を3度唱えることであたしの霊体アストラル体エーテル体はこの世を離れ瞬時に宇宙の果て黄泉の深淵を覗きこみ、エネルギー体としてのお役目を果たすことと相成る仕儀であるのである。

それをあなたの霊体アストラル体エーテル体で体現したいのであれば、あなたの意識がこの動画に入り込み、同期されなくてはならないのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年4月22日日曜日

飯縄大権現(水澤観音・水澤寺)・象師匠撮影



群馬県渋川市(旧北群馬郡伊香保町)にある水澤観音・五徳三水澤寺(天台宗)の境内にある飯縄大権現であるのである。

飯縄権現(いづなごんげん、いいづなごんげん)とは、信濃国上水内郡(現 長野県)の飯縄山(飯綱山)に対する山岳信仰が発祥と考えられる神仏習合の神である。

神仏習合から真言は「オン チラチラヤ ソワカ」で、「チラチラヤ」は飯縄智羅天狗の「智羅」から来ており、この名は愛宕山の天狗日羅坊(愛宕山太郎坊)の前身である日羅上人に由来するということであるのである。

一口に飯縄信仰と言っても、憑霊信仰や天狗信仰、武将や修験者、忍者の間での信仰、狐信仰など非常に多岐にわたっており、複雑な様相を呈しているわけであるが、室町頃には一面、魔法、外法といった捉えられ方が既になされていたようであるということであるのであるが、あたしはもちろん室町時代の生まれではないので、定かではないのであるのである。

まあ、水澤観音の本堂の左に「飯縄大権現」と書いた扁額(へんがく)のある鳥居があり、そこからスキーのジャンプ台のスロープのような垂直に近い急な石段を登るとこの飯綱大権現が鎮座されているのである。

なにしろ角度の急な石段であるので、観光が目的である参拝客はほとんど登ってこないのである。

観光客の皆さんは駐車場から直結の本堂に参拝して、土産物屋や土地の産物を売ってるテントなんかを回って、そのまま駐車場にお帰りになるのである。

しかし、高いところにある神社仏閣のご利益は参道の階段石段にあるのである。

これを信仰のために日々登り下りすれば、当然、体力がついて健康成就健康増進つーことになるわけである。

まあ、健康つーものはもちろん血流により体の隅々まで酸素栄養が運ばれてメンテナンスが行われ健康が保たれているということを考えると、物見遊山の参拝とはいえ、その日限りでもえっちらおっちら階段石段を登ればそれなりに毛細血管が開き全身に血液が運ばれるつーことであるわけである。

さらに大腿骨格筋の働きによってリンパ系の流れもよくなり、健康維持増進効果満載であるのである。

つーことで神社仏閣の階段石段を見つけたら、身体に特別な問題がなければ、とにかく登らないよりは登ったほうがいいわけである。

そんなことを知らない一般衆生大衆シロートの皆さんは実にもったいないことをしてるわけであるが、まあ、あたしが参拝客に向かって説得演説することでもないのはいうまでもないことであるのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年4月13日金曜日

水澤観音(水澤寺)



水澤寺(みずさわでら)は、群馬県渋川市(旧北群馬郡伊香保町)にある天台宗の寺院で、山号は五徳山である。

本尊は十一面千手観音で、坂東三十三箇所第16番札所であるのである。

この寺の創建年代については不詳であるが、飛鳥時代上野国の国司高光の開基により創建されたと伝えられ、江戸時代には江戸幕府から朱印状が与えられたのであるのである。

寺によると総研は推古天皇の朝であり、開基は恵灌僧正ということであるのである。

ご利益は諸願成就であるのである。

諸願成就ということはなんでもありつーことであるのである。

どんな願い事も聞き届けちゃうよてな、実に太っ腹なお寺さんであるわけである。

開運六地蔵が安置されている六角堂二重塔(輪蔵)は群馬県指定重要文化財であるのである。

一般のシロートさんの観光客は本堂直結の大駐車場から参拝して、そのまま、また大駐車場に戻ってお帰りになるのであるが、あたしはもちろん大霊能者象師匠であるので、正式な参道である階段をひーこら登り、仁王門からさらに階段をひーこら登って本堂に参拝礼拝祈願したわけである。

まあ、だいたいが神社仏閣は山の上にあったりする場合が多いのであるが、まあ、日頃の体育館などでの大暴れの効果で、どんな急峻な階段も苦にならない体力脚力に感謝感激雨あられを実感するわけである。

これ、山の上の神社仏閣の階段てなものは、自分の体力脚力を測るバロメーターてなこともあるのかと思う今日この頃であるが、本来はこれを毎日登って参拝祈願することにより、体力がつき健康を得るということがご利益になるわけである。

しかし、あたしみたいな完全な物見遊山で二度と来ないものぐさな霊能者にとっては、やっぱり体力検査であるわけである。

霊能者も健康第一であるのはいうまでもないことであるのである。

不健康で死にそうな霊能者ではお告げも啓示もチャネリングもスピリチュアルもへったくれもなくて、人の心配より自分の心配をしろてなことになってしまうわけである。

つーことで、十一面千手観音の何でも来いの太っ腹なありがたい気に加えて、大霊能者象師匠が参道階段入口から水澤観音の境内本堂までひーこら階段を登って、毛細血管をこれでもかと開いた豪快豪放剛毅な霊気神気の波動をさらに加えて、動画からは怒涛の素粒子クォークの波動振動が広がるわけである。

それを受けるにはこの動画の中に入り込み、あなたの霊体が水澤観音境内に誘(いざな)われなければならないのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年4月7日土曜日

伊香保神社



伊香保神社(いかほじんじゃ)は、群馬県渋川市伊香保町伊香保2に鎮座する神社で、伊香保温泉を守護する神社である。

式内社で、旧社格は県社兼郷社であるのである。

式内社とは延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に記載された神社、および現代におけるその論社を「延喜式の内に記載された神社」の意味である。

延喜式神名帳とは、延長5年(927年)にまとめられた『延喜式』の巻九・十のことで、当時「官社」とされていた、いわば全国の神社一覧であるのである。

これは一種の社格となっており、延喜式内社、または単に式社(しきしゃ)ともいうのである。

まあ、そんな一口知識はともかくとして、この伊香保神社は、上野国三宮(こうずけのくにさんのみや)とされ、伊加保神社とも書かれるのであるのである。

かつては北群馬郡吉岡町大久保に鎮座する三宮神社が本宮だったつーことであるのである。

現在の主祭神は大己貴命(オホムナチノミコト)と温泉・医療・酒造のに霊験があるとされる少彦名命(スクナビコナノミコト)の二座であるのである。

ただし当社が現在の温泉地に移転する以前は、「いかほ」(榛名山も含むこの地域の旧称)の山々を山岳信仰の場とした「いかつほの神」一座が祭神であったとされるのであるのである。

また境内社として、御名方神、大山祇神、倉稲魂神、八坂神社、八幡宮、稲荷神社を祭るのであるのである。

参拝客のほとんどは伊香保温泉に入湯、温泉治療が目的の湯治客あるいは観光客であるので、伊香保神社の境内に溢れる霊気神気は、やはり健康成就祈願の穏やかな波動の集積であるのである。

神社仏閣に集積する気はもちろんそこに参拝した人々の想いの集積であるのである。

まあ、身も蓋もない言い方であるが、神仏というものは洋の東西を問わず、一神教にしても多神教にしても種々の仏、如来、菩薩、明王、天などの尊格にしても、その御祭神御本尊はもちろん人間がおもしろおかしくでっち上げたお話の産物であるので、実在するわけもないわけである。

しかし、それを信仰することによる「想い」の波動はその波動の元の人物がお亡くなりにならない限り、たとえ表層意識で忘れ去られても深層意識においては勝手にそこに神仏を造り出して、そこに残るのである。

その波動の集積は、その神社仏閣に集積し、その境内拝殿本殿御祭神御本尊の霊気神気波動となり、それを受けた者の波動に影響を与え、それを飲み込んで受け継ぎ、さらに集積するわけである。

つまり、まあ、ものすごくはしょって言うと、参拝客が多ければ多いほど、その信仰が厚ければ厚いほど、その霊気神気の波動は強く厚くなるわけである。

しかし、小さな神社仏閣でも、非常に歴史の古いものはその集積が厚くなり、小さな神社でも霊気神気の波動が意外に強い場合もあるのである。

これが、神社の霊気神気波動のからくりであり正体でありご利益霊験であるわけであるが、まあ、それを受けるも受けないもあなたの想いしだいであるのは言うまでもないことであるのである。

このことから、現在の温泉街内の伊香保神社の由緒では825年(天長2年)の創建で、旧本社とされる三宮神社は750年(天平勝宝2年)創祀であるので、これ、歴史的には非常に古く、侮れない霊気神気の蓄積のある神社であるのである。

この動画は大霊能者象師匠が自らビデオカメラを持ってご撮影されたものであるので、象師匠が発する怒涛の霊気神気波動も相まってさらにありがたいご利益霊験にあずかれる大変お得な動画であるのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年3月24日土曜日

成田山新勝寺



千葉県成田市にある成田山新勝寺まで、象師匠が自ら足をお運びになって、その霊気神気を映しとってきたご利益満点の動画であるのである。

成田山新勝寺は曹洞宗智山派の総本山であり、不動明王を本尊としているのである。

成田山新勝寺は象気功ご推薦の不動心養成御真言(慈救咒)「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」の故郷であるのである。

まあ、人間、何がめんどくさいかとゆーと、「不安」「恐怖」という脳の機能であるのである。

このことから、いろいろ心配事悩み事の種は尽きず、日々無駄な時間を無駄に無為に浪費しているわけである。

この心配事悩み事てなおいしい餌によだれを流して引き寄せられて集まってくる地縛霊、因縁霊、憑依霊、浮遊霊、悪霊、動物霊、水子霊、祟り神なんつー人生に災厄災難危難艱難辛苦災いをもたらすお仕事の人間でない皆さんに取り憑かれたときには、これ、霊験あらたか厄払い厄除けあなたもあたしもすっきりさっぱりもっこりよつーぐらい除霊浄霊成仏には効き目満点であるのである。

まあ、象気功読者ではない方にこんなことを言ってもなんのことかわっからないかもしれないのであるが、まあ、とにかく霊が取り憑いたら不動明王真言であるのである。

その惡靈邪霊を根こそぎ祓う霊気溢れる境内を、総門、仁王門から大本堂まで、強烈無比な振動波動を余すところなく取り込み撮影するという、除霊浄霊マニアは垂涎だらだらで腹へって焼肉食って酒飲み過ぎて膵炎を起こしそうなぐらい嬉しい動画をご堪能いただいて、明日への気力精力の糧としていただきたい。

なんつってね。

ううむ、いかんな、脳みそに悪い虫が湧いてる。

スピリチュアル   精神世界

2012年2月25日土曜日

武田神社



武田神社(たけだじんじゃ)は、山梨県甲府市古府中町にある神社であるのである。

躑躅ヶ崎館の跡地(武田氏館跡)に建てられており、武田信玄公を御祭神とし、創建は大正8年(1919年)で、旧社格は県社であるのである。

なにしろご祭神が武田信玄公であるので、主たるご利益はもちろん必勝祈願成就であるわけである。

それで、そうとう厳しい霊気神気を予想して神社を参拝してみると、これが意外や意外でのんびりとした波動であるのである。

まあ、どうも、これ、いってみればどこの神社も大なり小なりそうであるが、最近はやっぱり、切実な祈願で訪れる人よりは、物見遊山の観光客がほとんどであるだろうから、その想念の集積で境内には低い周波数の気が満ちることとなるわけである。

まあ、これ、テレビの旅番組の影響で、各地の神社仏閣は観光のついでてな参拝が多いので、必然的に極楽気分の波動が満ち溢れるわけである。

あたしもテレビ番組を見てのいきなりの参拝であるので、もちろん、必勝祈願もなにもあるわけもないので、物見遊山観光気分満載の波動で神社の霊気神気の波動の周波数をさらによろしい方向に向けるわけである。

その波動をあますところなく映し撮るために参道入口の鳥居から本殿拝殿までじっくりと歩いて見たわけであるが、まあ、この霊気神気を受けるも受けないも、あなたがこの動画の中に入り込んで象師匠になれるかどうかにその如何(いかん)があるわけである。

スピリチュアル   精神世界

2012年2月19日日曜日

下谷摩利支天・徳大寺



徳大寺(とくだいじ)は、東京都台東区上野4丁目アメヤ横丁の商店街の中にある日蓮宗の寺院であるのである。

山号は妙宣山で、本尊は大曼荼羅であるのである。

開運摩利支天を祀ることから一般的には下谷の摩利支天山(さん)とも称され、親師法縁であるのである。

法縁とは日蓮宗檀林の指導的学僧や地名に由来するいわゆる学閥であるのである。

周囲を商店に囲まれた環境の中で立体構造型の特異な寺院様式を呈しており、参道上にアメ横周辺では異色の空間といえる境内が広がるのかと思うと、まあ、実際に行ってみると、周辺の下町の商店街に溶け込んで実によろしい雰囲気であるのである。

正午や夕暮れ時の商店街に響きわたる鐘の音は、徳大寺の鐘楼堂によるものであるそうであるが、残念ながらあたしは聞くことができなかったのである。

目の前にはニキニキニキニキ二木の菓子があって、なかなかオツなお寺であるのである。

まあ、考え様によってはアメ横も含めたこの周囲の商店街の全部がこの寺院の門前町てな見方もできるので、お楽しみはつきないお寺さんであるのである。

この動画はアメ横で昼飯を食ったついでの参拝の写真を編集したものであるが、なにしろ大霊能気功家象師匠の眼であるわけであるので、放出される気の威力は鮮烈痛烈激烈で、その波動は南無妙法蓮華経の威力と合わせてあなたの細胞を霊気神気で潤すのであるが、それもこれもあなたの脳神経細胞ニューロンシナプスの受容体の開き具合如何であるのはいうまでもないことであるのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年2月14日火曜日

高幡不動尊・金剛寺



金剛寺(こんごうじ)は、東京都日野市高幡にある真言宗智山派別格本山の寺院であるのである。

高幡不動の通称で知られ、本尊は象気功でもお馴染みの、不動心養成真言「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」の不動明王であるのである。

寺号は高幡山明王院金剛寺と称するのであるのである。

まあ、なにしろ不動尊つーだけに、大霊能気功家象師匠がこよなく愛する不動明王真言の元締めであるので、そらもう、毎日、参拝ご挨拶に訪れなければならないわけであるが、そこはそれ、わかっちゃいるけどやめられない遊びをせんとや生れけむ戯れせんとや生れけんあなたもあたしもあれが好きとゆーことで、年に何回かのお参りつーことになるバチあたり焦熱地獄でまる焦げ唐揚げじゅーしーちきんであるのである。

ううむ、今日は快調だな。

昨日は忙しくてコーヒーを何杯も飲む暇がなかったから、オツムがお休みしてパフォーマンス回復修復絶好調となったのかね、ううむ、どーでもいい。

うううううううのうううううううううのう、せっかく絶好調なのにメッセンジャーがペケポンとなって知人と1時間チャットしたらば、脳がすっかりわやくちゃになってしまって、あああ、あたしの人生はどうしてこんなんなんだろうかとお嘆き遊ばして、くそー、こうなったらドリンク剤とマルチビタミンとアリナミンAとコーラをいっぺんに飲んでやると、飲んだらああ気持ち悪い。

まあ、チャットは音声通話と違って、当たり前であるが指を限りなく早く動かすので実に脳が活性化されるが、これが、その分脳神経細胞が破壊されて、すっかり気力体力消耗で、ばかあほまるだしであるのであるってなんだこりゃええ?これもし誰か読んでたらなかったことにしてくれませんか。

まあ、そんなこんなで、なにがそんなこんななのかわからんが、とにもかくにも我が不動明王がおわします聖地メッカ天国極楽三途の川からこんにちはの高幡不動尊に「火防守」の御札をいただきにきたのである。

その御札は霊能グルメレポートブログ「象さんのご飯」の「オレンジ&クリームティーとクッキー&クリームモカを飲む」に貼ってあるのであるので、お好きな方は暇つぶしに見に行って、「おお!これが象師匠ご推薦の高幡不動尊の御札かあああっ、ありがたいありがたい」と力の限りおもいっきり拝んで願って頼んでご利益仏罰神罰に見舞われて人生をお楽しみいただきたい。

それで、この動画は象師匠自らが、高幡不動尊・金剛寺の境内を仁王門からお入りになって、鳳倫閣、不動堂、五重塔を左に見て、奥殿、大日堂までお歩きになって撮影したカンヌ出品をも視野に入れなんとするフルHD大作であるので、象師匠の眼でありいわば象師匠そのものであるので、高幡不動尊の独特の陽気で華やいだ豪爽剛毅絢爛たる霊気神気とともに、象師匠の体内胎内五臓六腑胎蔵界金剛界の波動を直に受けることができるありがたーい霊場めぐりであるのである。

さらに、動画後半では不動堂での般若心経大合唱も味わえるので、その波動も合わせて細胞の素粒子クォークの振動に取り込みご堪能いただいて、あなたの波動を天空に誘(いざな)い、次元上昇アセンションの一助介助介護保険としていただきたい。

ははは、次元上昇アセンションって、しかし、しょーがねーな、まあいいや。

いっときますが、霊場って墓地のことじゃありませんよ。

スピリチュアル   精神世界

2012年2月8日水曜日

報徳二宮神社



報徳二宮神社(ほうとくにのみやじんじゃ)は、神奈川県小田原市にある二宮尊徳を祀る神社であるのである。

旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社となっているのであるのである。

ううむ、じーえっくすあーるA12はしーもすがだめなのかなんなのか、これ、動画がまるっきりだめだな。

手ブレ補正なんか付いてるわけもないし、わーむが出るだのなんだのじゃなくて、もうこれわーむだらけだね。

まあ、これ、写真を写真らしく撮るためにーでもないこーでもないと開発された機種で、かの森山大先生なんかもご愛用で、ムービーがどーのこーのゆーやつはこんなマニアックなおカメラをお買いになるはずもないだろうから、まあ、動画機能は付いてるだけてなことがよーくわかるのである。

まあ、いいや、てなことで、スタビライザーをかけて、なんとか見れるようにいたしましたが、とにもかくにも主祭神は動画の途中にもちらりと銅像が映ってる二宮尊徳翁であるのである。

二宮尊徳翁は報徳社を設立して農村の救済・教化運動を行っておられましたが、尊徳翁が安政3年(1856年)に亡くなった後も報徳社は存続し、関東・東海地方を中心に活動を行っていたのであるのである。

その後、明治24年(1891年)に尊徳翁に従四位が贈られると、報徳社員の間で尊徳翁を祀る神社創建の動きが起き、明治27年(1894年)4月15日、尊徳の生地である小田原の小田原城址内に鎮座したのであるのである。

まあ、尊徳翁といえば、ご存知ように薪(たきぎ)を背負って歩きながらも本を読んでお勉強したという、お勉強マニア垂涎のお勉強の神様みたいな人であるので、もちろん、そのまんま神様として祀られることになったわけである。

まあ、尊徳翁がかなり最近の人であるので、人が神様になっちゃうのかよおいおい、と勘違いする向きもないではないと思いますが、まあ、神様の元を辿るとほとんどがこの手のエライ人を祀ったもんであるのである。

まあ、お勉強マニアにお馴染みの菅原道真を祀った各地の天満宮や、大御所では家康公を祀った日光東照宮てなもんも、皆さん、実在の人物で、それにあやかりたいあやかりたいとゆーことで、神様としてお祀り申し上げたわけであるのである。

つまり、神様、神社のご利益てなもんはこの「あやかりたいあやかりたい」てなことであるわけである。

しかし、これ、「あやかりたい」と願うとあやかれないのである。

ここがね、神様のなかなかイキでイナセな心意気であるのである。

いい学校に入れますようにだとか、いい会社に入れますようにだとか、お金持ちになれますようにだとか、いい人に出会えますようにだとか、なんでもいいからいいことがありますようにだとか、「お願い」をすると手厳しい厳罰を持ってお答えになるのである。

つまり、神様は頼られるのが鬱陶しくて嫌いなのである。

「ああ、うるさいやかましい、あっち行け、このゴミどもが!」つーことであるわけである。

ところがそんな祀り上げられておだてられて頭に乗ってるわがままな連中、いや、仮にも神様に向かって連中とは失礼こきました、そんなやつら、ううう、さらに失礼ぶっこきました、くそー、そんなやから、こらこら、やからって、いくらんなんでも神様はコンビニの前にたむろしてないだろ、なんてえのかその、あれですよ、ううむ、ちょっとコーヒーを飲んで休憩。

まあ、とにもかくにも、一方的に売り手市場のわがままな皆さんでありますから、おだてるしかないわけである。

「おやかりたいあやかりたい」ではなく、たーだひたすら「ありがたいありがたい」と一方的に感謝感激雨あられの謝礼謝恩の速射砲連打であるのである。

そーすると、そらいくらわがままあんたが大将の神様だってやな気はしませんから、「おお、中々ういやつじゃ、ひとつアメちゃんのひとつでも進ぜようではないか」てなお気持ちになるわけである。

まあ、この報徳神社には小田原城物見遊山のついでに立ち寄ったというとさらに失礼であるが、とにもかくにも、ご参拝申し上げて、「ありがたいありがたい」とお礼の大音声絶叫を声に出すのは他の参拝者に大迷惑であるので、心の中でこれでもかと喚いて、「ああ、これであたしの霊能力もさらにアップで、象気功読者はパワースポットとしての象気功を堪能できるじゃありませんか、よかったよかった」と安堵安心安寧の心持ちでさっさと帰ったのである。

まあ、この動画からは尊徳翁のものごとに対する真摯な姿勢から醸し出される清浄な気が怒涛の勢いで溢れ出てくるわけであるが、それを受ける受けない成就拒絶はあなたのカルマのなせる方向性であるのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年1月27日金曜日

法多山尊永寺



法多山尊永寺(はったさん そんえいじ)は、静岡県袋井市豊沢2777にある高野山真言宗別格本山の寺院である。

寺号の「尊永寺」よりも山号の「法多山」の名で広く知られているのであるのである。

遠州三山の1つであり、本尊は聖観音(正観世音菩薩、厄除観世音)であるのである。

厄除け観音として知られ、厄除だんごが名物となっているのであるのであるが、あたしゃ食べなかったのであるので残念であるのである。

創建は寺伝によれば、神亀2年(725年) 聖武天皇の命により「大悲観音応臨の聖地」を捜し求めた行基によって建立されたということであるのであるが、あたしが実際に見たわけではないので定かではないのであるが、そんんあことをいったらどんな歴史も言ったもん勝ちのでっちあげということになるので、まあ、そーゆーことであるのである。

動画の冒頭の仁王門は室町時代に建立され、入母屋造、杮(こけら)葺きの楼門(2階建て門)で、国指定の重要文化財であるのである。

他に当寺の重要文化財としては 鎌倉時代に作られた密教儀式に用いる法具の一種で5点一組の鈴のうち三鈷鈴は後補の金銅五種鈴(こんどうごしゅれい)があるのであるが、現在は東京国立博物館に寄託されているのである。

まあ、そんなよもやま話はともかくとして、法多山の参道、境内、階段、本堂等はそれに付随した厄除けだんごの工場、販売所などと共に整備されて、ものすごく近代的な設備、建築に生まれ変わっているのである。

まあ、これ、まあ、だいぶ前からの不景気も含めた中高年を主体とした日本国内観光ブームのおかげで、遠州三山が紅葉の時期を中心として、観光ルートに組み込まれて、大繁盛していることによるのか、現在の方丈様が特別にご商売熱心なのかどーなのかは、聞いてみたわけではないので定かではないのである。

まあ、とにかく、この法多山の参道は道幅も広く、参道の脇には山の清水と思われるせせらぎも流れ、鬱蒼とした樹木の精気と合わせてなかなかよろしい雰囲気で、若いカップルもそぞろ歩いたりして、デートコースの趣もあるぐらい、のんびりとした風情であるのである。

まあ、このときはまだ、あちこち整備建築中で、工事車両やニッカボッカのおにいさんおじさんが作業をなされていたのであるが、それでも、山の樹木に音が吸い込まれるのかなんなかの深閑とした佇まいであるのである。

名物が厄除け団子であることでもわかるとおり、この尊永寺のご利益は厄除けであるので、ご本尊が聖観音であるが、そこはそれ、そこに集う参拝の皆さんの厄除け祈願の気の集積で、本堂前の境内には重厚で厳しいが充満しているのである。

まあ、おおまかには不動尊の気に似ているのである。

ご本尊の別名が厄除け観音であるので、1200年以上に渡って災厄忌避という人々衆生の所願の気の集積がこのような波動を生み出しているわけである。

この霊気神気を受ければあなたの波動が調整されて、災厄を避ける運気になるわけであるが、それもこれもあなたの心がけ次第であるのはいうまでもないことであるのである。

スピリチュアル   精神世界

2012年1月21日土曜日

大山阿夫利神社・下社 / 象師匠撮影



大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ) は、神奈川県伊勢原市の大山(別名:雨降山〈あふりやま〉)にある神社であるのである。

「阿武利」とも表記し、「あぶり」とも読むのである。

式内社で、旧社格は県社(現・神社本庁の別表神社)であるのである。

祭神として、本社に大山祇大神(オオヤマツミ)、摂社奥社に大雷神(オオイカツチ)、前社に高龗神(タカオカミ)を祀るのであるのであるが、本社はこの下社からさらに小一時間階段山道を上がった海抜1251.7Mの大山山頂にあるので、まあ、本格的に登山トレッキングの装備用意をしていないあたしみたいな物見遊山の参拝客は、ケーブルカーから降りてすぐ傍にあり、御祭神の出張所であるこの下社でお参りするわけである。

まあ、そんな一口知識うんちくはともかくとして、あたしは自慢じゃないが体力自慢脚力自慢であるので、いっきに駆け上がって本社もお参りしてしまおうかとも思ったのであるが、登山口の事故多発てな注意書きや登って行く皆さんの重装備を拝見して、失礼になるのでやめたのである。

社伝には崇神天皇(すじんてんのう、紀元前148年 - 紀元前29年1月9日)の御代の創建とあり、とんでもない歴史があるわけである。

延喜式神名帳では「阿夫利神社」と記載され、小社に列しているのであるのである。

ご御祈祷ご利益は家内安全、交通安全、商売繁盛、身体健全、厄年安平、心願成就、合格祈願、学業成就、社内安全、社運隆盛、工事安全、厄難消除、病気平癒、方位除けから七五三、初宮詣まで、まあ、ここにお参りすればたいていの所願は叶うという、大変便利な神社でもあるのである。

まあ、この下社は大山こま参道を登ってケーブルに乗って参拝するという、ハイキングと神社参拝ご利益を兼ねた老若男女観光客が大半であるので、その気の集積により、大変おだやかで明るい霊気神気が溢れているのである。

また、山頂の本社奥社に始めて登ってきたらしい数人の登山装備のおじさん達が疲れはてて社務所の前に倒れていたりして、まあ、人生はなんといっても体力健康が一番重要であるということを大山祇大神、大雷神、高龗神の皆さんが教えてくれているわけである。

あなたも、大山阿夫利神社の御祭神の霊気神気と神社を取り巻く大山の樹木の清冽な気を浴びて、さらにこの動画の後ろにいる大霊能気功家象師匠の霊気神気の奔出奔流を受けて、あなたの波動の振幅をさらに大きくしていただきたい。

スピリチュアル   精神世界

2012年1月13日金曜日

油山寺



油山寺(ゆさんじ)は、静岡県袋井市村松1にある真言宗智山派の寺院である、

遠州三山の1つで、山号は医王山である。

詳しくは医王山薬王院油山寺と称し、本尊は薬師如来である。

また、油山寺は遠州三山の可睡斎、法多山並びに小国神社とともに、紅葉の名所として知られるのであるのである。

油山寺の伝承によれば大宝元年(701年)に行基により創建され、油が湧出した所から「油山寺」の名が付いたということであるのである。

その後天平勝宝元年(749年)に孝謙天皇(こうけんてんのう、養老2年:718年 - 神護景雲4年8月4日:770年8月28日)が眼病平癒を願い、当寺の「るりの滝」の水で眼を洗浄したところ、これがみごとに全快したので勅願寺に定めたとされるのであるのである。

以来、特に目の守護、眼病平癒の寺として信仰を集め、また、一山の守護神軍善坊大権現は足腰の神として古来より東海道を往来する旅人の信仰を集める寺院であるのである。

その後、元亀3年(1572年)、兵火により焼失し、天正2年(1574年)から三重塔の再建が開始されるが、工事には長い年月を要し、屋上の相輪を上げたのは40年近く後の慶長16年(1611年)であったのであるのである。

まあ、つーことで、この油山寺の山門を入って参道を延々歩いて、急な階段を数百段も延々上がった一番奥に薬師本堂があるのである。

師本堂内正面にある菊の御紋入の金色に輝く宮殿厨子は今川義元の寄進であり、中には秘仏の本尊である薬師如来が安置されているのであるのである。

本堂の内外には薬師如来ご利益の諸病全快、眼病平癒、深々安楽などを願う数知れない絵馬がかけられているのである。

この動画は霊能写真家象師匠が油山寺の参道を歩いて撮った写真を編集したものであるので、象師匠の眼となり薬師如来の霊気溢れる霊場を歩き、その薬効霊験の霊気神気の波動振動を全身の細胞素粒子に受けて今後の人生の健康成就運気上昇の糧としていただきたい。

スピリチュアル   精神世界

2012年1月11日水曜日

熊野神社(町田市)



町田市鶴間580にある熊野神社であるのである。

全国に3000ともいわれる熊野神社のひとつであるのである。

御祭神は伊弉諾命(いざなぎのみこと)伊弉冊命(いざなぎのみこと)であるのである。

ご利益は、初詣、初宮詣、厄除、交通安全、七五三、家内安全、合格祈願、諸祈願、地鎮祭、家祓等出張神事であると神社ではおっしゃられているのである。

まあ、たいていの神社と同様になんでもありであるのであるが、べつに揶揄しているわけではないのである。

創建の年代は詳らかではないが、熊野本宮大社を勧請したのであるのである。

熊野神社とは和歌山県にある熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の祭神を勧請された神社のことである。

熊野詣(くまのもうで)の盛行や有力者による荘園の寄進、熊野先達の活動により全国に熊野信仰が広まったことにより、熊野三山の祭神を勧請した神社が全国に成立したのである。

熊野三山の祭神を勧請するといった場合、三所権現のいずれかひとつの神ないし三神の全て、または十二所権現の全てないし若宮のみを勧請する場合や、九十九王子の中でも重要な五体王子を勧請するものもあり、それら全てを含めて熊野神社とした場合、その数は三千余に達するということであるのである。

そんな一口知識は象気功ではどーでもいいのであるが、この日はまだ松の内であるので、神主の池田宮司による近隣の企業の皆さんの初詣厄除けご祈祷の最中で、ついでにあたしもお祓いのお裾分けを受けたわけである。

さすがに熊野三山の風味豊かな霊気神気を発して、さらに宮司さんの祝詞により社員の皆さんのチャクラもぐーるぐる回転して、その気は神社境内一体を包み、あたしの細胞素粒子の波動振動をさらによろしい方向に高めるのである。

その波動振動をこの動画の画面から心ゆくまで受けてあなたの波動も高め、さらなる運気上昇の一助といしていただきたい。

スピリチュアル   精神世界

2012年1月8日日曜日

寒川神社



寒川神社(さむかわじんじゃ)は神奈川県高座郡寒川町宮山3916に鎮座する神社である。

相模国一宮であり、近代社格制度による旧社格は国幣中社であるのである。

祭神については八幡神、あるいは菊理媛、素盞嗚命、 稲田姫尊などの諸説あるのであるが、現在は寒川比古命(さむかわひこのみこと)、寒川比女命(さむかわひめのみこと)とされており、 この二柱の神を寒川大明神(さむかわだいみょうじん)と奉称しているのであるのである。

この動画は象師匠が正月の初詣を兼ねてわざわざ車を飛ばして大渋滞満員大混雑で身動き取れない駐車場に陽気な運気で難なくスルリと止めてお気楽極楽に撮影したものであるので、開運幸運の霊気神気が寒川大明神の波動と合わせて遺憾なく放出されているお得な映像であるのである。

寒川神社のご利益は八方除(はっぽうよけ)であるのである。

八方除とは、地相、家相、方位、日柄等から来るすべての悪事災難を祓い除く御祈願のことであるのである。

いわゆる方災厄除の神としての信仰であり、八方除の守護神として、全国よりその御神徳が慕われ、信仰されていますと神社ではおっしゃられているのである。

また、昨今テレビ業界では「視聴率祈願の神社」として知られており、新番組開始前に視聴率獲得を祈願して参拝を行うテレビ関係者は後を絶たないのである。

その一例として「踊る大捜査線」でもフジテレビが奉納祈願しているのであるのである。

また、宗教法人としての寒川神社は、寒川病院を設立・運営しているのであるので、なかなか欧米式多角経営でもあるわけである。

これって、まあ、キリスト教系ではままあることであるのであるが、宗教法人としての病院経営というのは税制上はいったいどうなるのか、うちの税理士に聞いてみないとわからんのであるが、これ以上つっこむとろくなことにならんのでこのへんでお茶を濁すのである。

お茶が濁りきったところで、祭礼には「武佐弓祭」(正月8日)「国府祭」(5月5日)「浜降古式祭」(7月15日)「浜降祭」(7月第3月曜日)「例大祭」(9月20日)があるのである。

この動画にも映っているのであるが、近年では新年から2月の節分までの間、神門に干支にちなんだねぶたが飾られるようになったのである。

これが夜はライトアップされるそうであるが、まあ、この神社の霊気神気を写すことが目的であるので、どーでもいいのである。

古代、相模川沿いは相模国造がおり、また社が高句麗系渡来人入植の地である高座郡に属することから、なんらかの有力な豪族が造営したものと推定されるのであるが、創建についての詳細は不明であるのである。

しかし、雄略天皇在位の時期(456年-479年)に奉幣、神亀4年(727年)に社殿建立と伝える記録があるが、公式には承和13年(846年)に仁明天皇から従五位下を授るという記録(続日本後紀)があるのである。

寒川神社の霊気神気は、すべての災厄を祓うという願い事の集積で重厚で厳しい波動を予想していたのであるが、予想に反して実におおらかで明るい波動に包まれるのであるのである。

鎌倉の鶴岡八幡宮の霊気神気にも似た、精神の高揚と清々しさを醸しだす波動であるのである。

あたしの素粒子の開運幸運波動と合わせてご堪能いただきたい。

スピリチュアル   精神世界