2016年10月25日火曜日

御岩屋祖師堂(伊東市川奈)



御岩屋祖師堂は神奈川県伊東市川奈にある日蓮上人ゆかりの岩屋を祀ったお堂である。

御岩屋祖師堂は入り口に鍵がかかっているわけでもなく、開けても誰もいないので、お暇な人はごゆっくりとご見学できるのである。

まあ、あたしがお参りしたときはたまたま無人であったのかもしれないのであるが、どこからか話し声も聞こえてくるので、普段は堂内にどなたかがおられるのかもしれないということも一応申し上げておくのである。

堂内には、日蓮上人とこの岩屋のゆかりについて説明している額入りの絵が掛けてあるのである。

立正安国論を言い張ったために、ときの幕府に睨まれて、伊豆の法難てなことでとっつかまって島流しになる際に、俎岩(まないたいわ)に置き去りにされた日蓮さんを漁師さんが助けて、この岩屋にかくまったつーことである。

分かりやすくすればするほど不遜な文章になるわけであるが、あたしはべつに日蓮さんが好きでもなけりゃ嫌いでもないのである。

まあ、あたしらネット芸人の感覚からすると、観客から好きでもなけりゃ嫌いでもないと言われるのが最悪であるわけであるが、日蓮さんは芸人ではないので、そんなことはどーでもいいわけである。

とにもかくにも、日蓮上人の像が奥に祀られているので、南無妙法蓮華経と三回唱えて帰ったのである。

なんでも拝んどけ拝んどけである。

どれが当たるか分からないのが世の中である。

川奈は小さな漁港であるが、神社仏閣もいくつかあって、あたしら霊氣神氣マニアにとっては、お楽しみもつきないあれこれである。

なむなむ。

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2016年10月17日月曜日

海蔵寺(伊東市川奈)



海蔵寺(かいぞうじ)は静岡県伊東市川奈にある曹洞宗の寺院である。

正式名称は龍穏山海蔵禅寺(りゅうおんざんかいぞうぜんじ)である。

ご本尊は曹洞宗であるから、釈迦牟尼仏とともに、道元禅師(どうげんぜんじ)瑩山禅師(けいざんぜんじ)を一仏両祖(いちぶつりょうそ)てなことである。

まあ、それで、川奈の海辺に近い立地であるので、大地震のたびにつなみが境内に近くまで押し寄せたということで、石段の入り口から右側に、安政元年の安政東海地震、大正十二年の関東大震災、元禄十六年の元禄大地震のつなみ浸水点という石柱があるのである。

関東大震災が当時の東京に甚大な被害をもたらしているので、それが最も大きな地震かと思うと、さらに元禄大地震のつなみの方が高いのである。

まあ、震源地の問題もあるので、一概には言えないのであるが、そんなことである。

なかなか分かりやすいお楽しみであるが、ううむ、これ、いったいどーしたらいいんだ。

たいした興味もないので、話がまったくひろがる気配もないのであるが、まあ、なんとかもう少し尺を埋めないと取れ高OKが出ないのである。

まあ、なんだ、このところ天気も良くて、すっかり秋だね~。

秋といえば、あちこちの紅葉もそろそろ見ごろで、旅行にはいい季節ですよね~。

えーと、困ったね。

終わり。

ねんでやねん。

一応ツッコミを入れるのかいっ。

さいでんな。

ううう、ごめん。

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2016年9月27日火曜日

川奈三島神社



伊豆半島の伊東市川奈868に鎮座する川奈三島神社である。

川奈三島神社は伊豆の三嶋大社と頼朝由来の関係の神社である。

祭神は大山祇神と事代主神である。

創建は文治年間(1185年~1189年)と言い張っておられるので、800有余年の歴史があるわけである。

とにもかくにも、大変に由緒のある神社であるわけであるので、心して石段を登り、心して参拝しなkればならないのである。

まあ、霊能者としての修行修祓の都合上、全国の霊氣神氣をもとめて、あちこちを徘徊彷徨してお楽しみなるわけであるが、神宮・大社といった大手の豪快な氣の波動はもとより、このような地元の氏子の信仰に支えられた神社のまったりとした氣もなかなかこれ、味わい深いものがあってよろしいのである。

神社仏閣の氣の波動は、参拝者や関係者の思いの集積の波動である。

思いは、本人の意識があるないに関わらず、脳が勝手にそこに波動を送るのである。

これが神仏の存在となり、霊の存在ともなるわけである。

しいては、この世を存在させているということになるわけである。

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2016年6月25日土曜日

タイのアユタヤ歴史公園のワット・プラ・シー・サンペットを歩く



アユタヤ歴史公園はタイの中部アユタヤを中心に展開したタイ族によるアユタヤ王朝(1351年-1767年)の遺跡群で、周辺の遺跡とともにユネスコの世界文化遺産に「古都アユタヤ」の名前で登録されているのである。

日本でタイのアユタヤといえば、このアユタヤ歴史公園の光景である。

さらにアユタヤのイメージといえば、この仏教寺院ワット・プラ・シー・サンペットの3つのパゴダ(仏塔)である。


歴史公園は広いので周囲のいくつもの寺院を含むのであるが、このワット・プラ・シー・サンペットのパゴダが日本のテレビ番組で頻繁に紹介されるので、アユタヤといえばこのバゴダのイメージであるわけである。


まあ、なにしろ700年前の遺跡であるので、風化してこんなに劣化してるのかというと、そーではないのである。

当時は隣国のビルマから盛んに責め立てられて、アユタヤの仏教寺院などが徹底的に破壊されてしまったのである。

中にはワット・パナン・チューンのように難を逃れて現在も700年前の姿を残す希少な寺院もあるが、ワット・プラ・シー・サンペットは残念ながら廃墟と化してしまったのである。


この写真は、後ろのパゴダとかぶって何が何やらわからんとは思うが、仏陀の像である。

寺院内には仏陀の像が数多く存在していたのであるが、ことごとく破壊されて、ほとんどが、その原型すら留めていないのである。


敬虔な釈迦派の仏教徒であるあたしとしては実に残念なことであるが、まあ、それもこれも、この世はなるようにしかならないということの釈迦のお導きであるわけである。


ワット・プラ・シー・サンペットの遺跡をご見学するには入り口横の建物で50バーツの入場券を買って、門の左側でパイプ椅子に座ったおじさんに見せるのである。

そのおじさんの左隣に座っているのは物売りのおばさんである。

その左隣に立っているのも物売りのおじさんである。

日本人とわかるとあれこれ物売り攻撃をしてくるので、観光の楽しさが半減してがっかりする人もおられるのであるが、どういうわけかあたしには攻撃してこないので、逆にその楽しみがないのである。

遺跡によっては子供も含めたご家族総出でご商売に勤しんでおられるのである。

まあ、けっこうなものを見せていただいたお礼と日タイ友好の一助として、お愛想に何かひとつお買い上げになられてもよろしいのであるが、荷物になるので帰りがけがよろしいかもしれないのである。


入り口の周囲には路上に店を広げてるおじさんやおばさんがおられて、主に竹で編んだカラフルなうちわを20バーツで売ってるのである。

タイの700百年前の面影をそこかしこに拝見して悠久の思いに目頭にはうっすらと嘘泣きの涙を浮かべつつ、あたしの物見遊山の人生は今日も水のごとくてきとーに流されてその場の成り行きで生きて行くのである。

ありがたいありがたい、なむなむ。

てなことでひとつお願いしますよ。

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2016年6月23日木曜日

タイ・アユタヤ遺跡のワット・ヤイ・チャイ・モンコンのパゴダに登る



タイランド王国の世界遺産のアユタヤ遺跡のワット・ヤイ・チャイ・モンコンの中でもひときわ高くそびえ立つ72mのパゴダいわゆる仏塔に登ったのである。

この寺院は1357年にアユタヤを建都した初代ウートン王がセイロン(現スリランカ)に留学中の修行僧たちの瞑想のために建てたもので、別名を「ワット・プラ・チャオプラヤータイ」というのであるつーことである。

てなことでこの仏塔はいわゆるセイロン風であるから、プラ・チェディーという呼び名がよろしいのかもしれないのであるが、タイの知人が仏塔をすべからくパゴダとおっしゃってるのでパゴダつーことでお願いしたいわけである。


このパゴダがなにしろ1592年にビルマ軍に勝利した記念の遺跡であるので、階段は狭くてボロボロのデコボコで、とんでもない急坂で、あぶないったらありゃしないのである。

まあ、登るときも大変であるが、これが、降りるとなると足腰強靭体力自慢が売り物のあたしでも、うっかりしてると踏み外して落っこちるのである。

そこを4歳ぐらいのお子様を連れたタイ人のお母さんが登ったりしてるので、この人達の危険の感覚はいったいどうなってるのかと大きなお世話をしてしまうぐらい危険である。

どう考えても年に何回かは落ちている人がいるとは思うが、特にニュースになってる様子もないので、危険すぎて慎重になるので落ちる人がおられないのかもしれないのである。

それで、階段の最上階のお堂に着くといわゆる賽銭箱のようなものがあって、そこに小銭を投げ入れると十数メートル下の底にチャリンチャリンと落ちるのである。

真ん中に入るとラッキーということであるが、どーでもいいのは言うまでもないことである。

さらにパゴダの周囲に回廊が巡らされていて、上から絶景をぐるぐるとご見学できるのである。

足腰脚力に自信のある向きは、アユタヤにお越しの際には是非とも登ってお楽しみ頂きたいと思うが、降りるときは手すりにしがみついて一段一段慎重に降りないと、アタマからゴロゴロと転落する可能性は充分にあるということと、普段運動をしていない人はひどい筋肉痛に見舞われる可能性が充分にあるということを一言申し添えておくのである。



ワット・ヤイ・チャイ・モンコンの涅槃仏である。

ごろりと横になったお釈迦様のお姿である。

このお姿でご臨終になったてなことであるが、まあ、お釈迦さんは晩年に胃が悪かったてな話もあるので、胃弱の人の常で消化を助けるために右を横にして寝ておられるお姿かもしれないのであるが、涅槃からは遠くなってしまうので、やはりご入定のお姿ということにした方が無難である。

タイのお坊さんのお話によると、お釈迦さんのご臨終の際のお弟子さんに向けたお言葉は「こだわらずに、世間に合わせて生きて行きなさいね」てなことであったそーであるので、まあ、てきとー明るく楽しく生きていけばいいわけである。

ごもっともである。

まあ、なんである、タイに長い間住みながらバンコク周辺をうろうろするだけで、いわゆるタイの観光地をご拝見してなかったので、今回は実にけっこうな風景情景をご鑑賞できてこれ幸いの日々である。

ありがたいありがたい、なむなむ。

一応拝んどくのである。

一応かよ。

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2016年6月19日日曜日

タイ・アユタヤの仏教寺院ワット・パナンチューンの黄金の大仏



タイのアユタヤの仏教寺院ワット・パナンチューン(Wat Phanan Choeng Worawihan)である。

アユタヤが首都となる26年前の1324年にすでに建てられていたのであるが、何度も繰り返されたビルマ軍の破壊から奇跡的に残った寺院であるつーことで、大変に縁起がよろしい寺として、現在もタイの多くの人々の厚い信仰を集めているので、大人気で大混雑である。

寺院全体が中国風であるので、タイの他の寺院とは感じが違うのであるが、いずれにしても仏教寺院であるので、そこはそれ、なむなむして、そのパワーをご利益としたいと思うのは庶民派霊能者としてのあたしの心意気である。

ううむ、タイに居るとおつむになんの虫が湧くのか、文章がでたらめになるのである。

とにもかくにも歴史的な古い建物であるので、この日も保存のためにあちこち工事中の場所もあるのである。


本堂伽藍内部には本尊である高さ19mの黄金の大仏様の坐像を安置しているのである。

鎌倉の大仏様や奈良の大仏様よりさらにでかいので、そら、ほんまにでかいのである。

まあ、でかけりゃいいというものでもないとは思うが、神も仏もない不心得者のあたしも、その威容に圧倒されて、思わず涙も溢れてくるのである。

嘘泣きだろうと言われればぐうの音も出ないのは言うまでもないことである。


つーことで、本堂の周囲の回廊であるが、700年近い歴史の重みで右側の土台の中央が微妙に湾曲しているのがお分かりになるだろうか。



タイの他の寺院と比べて、寺院全体が装飾も含めて中国色が強いのであるが、境内には中国の道教の寺院もあるのである。

中国の姫がアユタヤの国王との政略結婚のためにアユタヤに送られ、到着時に国王が迎えに来なかったのを儚(はかな)んで窒息死したという伝説があるぐらいアユタヤ王朝は大変に中国と関係が深く、ワット・パナンチューンの境内の外には広大な中国人の共同墓地もあるのである。



ワット・パナンチューンの境内の前にチャオプラヤー川が流れていて、参拝者の多くがオオナマズに餌をあげてるのである。

川魚に餌をあげるのは徳を積むということであるが、オオナマズ君はその餌で十分に育ったところで食われてしまうのは想像に難くないところである。


この建物が餌やり場の入り口であるが、なにしろ徳を積む場所であるので、入り口もなんとなくありがたい雰囲気が漂っているわけである。

ありがたいありがたい、なむなむ。

なんでも拝んどけ拝んどけである。


これがオオナマズのRed Tail Catfishであるが、展示箱のロゴがCasfishになっているのはご愛嬌である。

この剥製の大きさが1m以上あるので、餌に群がっているのはまだ子供で、育つとピラルク同様にとんでもない大きさになるわけである。

ありがたいありがたい、なむなむ。

魚を拝んでどーすんだよ。


これがオオナマズの餌の自動販売機である。

タイの街角にドリンクの自販機はないが、餌やり場には魚の餌の自販機があるのである。

寺院までの街道にもたくさんの露店で300バーツで巨大なビニール袋に入った赤青黄色の華やかな色合いの餌を売ってるので、たいへん人気のある功徳の方法であるわけである。


この人達は付近の露天で買ってきた魚を川に逃がして徳を積んでるのである。

その逃されたお魚さんも十分に育っところで食われてしまうのは言うまでもないことである。

ありがたいありがたい、なむなむ。

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2016年5月15日日曜日

富士山小御嶽神社



富士山のスバルライン終点の五合目駐車場に鎮座する富士山小御嶽神社である。


祭神は木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメ)の姉である磐長姫命(イワナガヒメ)の他に、桜大刀自命(さくらおおとじのみこと)苔虫命(こけむしのかみ)を祀っているのである。

ご利益は家運隆昌、交通安全、延命長寿、縁結びと、まあ、諸事万端に渡ってたいていのことは請け負っていただけるので、お参りしておけば損はないのである。

神様を損得勘定で評するのはいかがなものかと思うが、それでも、何ごとも拝んどけ拝んどけである。

神仏等に帰依することは、心の安定をもたらし、血液の循環も改善し、体内はよろしい方向に向かう一助となるのである。

さらに笑えば、その効果は倍増するのであるが、大笑いしながら拝んでると危ない人と思われないでもないので、微笑む程度がよろしいかもしれないのである。


五合目駐車場の売店の間に赤い鳥居があり、その奥に拝殿があるのである。

まあ、なんというのか、日本人よりも圧倒的にちゅーごくの皆さんを中心とした世界各国の外人観光客の皆さんが多いのである。

この日は平日であるが観光バスが引きも切らず、時間とともにどんどん増えて、昼ごろには土産物屋の店内はごった返す騒ぎで、いやはや、なにしろ世界遺産であるから、観光資源としてのその威力は大変なものである。


創建は937(承平7)年であるから、1,000年以上前から鎮座しているわけである。

小御嶽神社のある小御岳は、富士山より前に存在し、天地の境と呼ばれ、森林限界線に位置しているつーことである。

なにしろ天地の境であるからそりゃものすごいわけであるが、何がものすごいのかは、特にこれと言って思いつかないのでご想像におまかせするのである。

おまかせかよ。


また、富士山の五合目周辺は「天狗の庭」とも呼ばれ、天狗様が支配していたということで、拝殿の左右には道開きの神として大天狗、小天狗を祀っているのである。

上の写真は右の社の大天狗社である。


大天狗社の中におられるのは小御嶽太郎坊正真という天狗様である。



小御嶽神社の境内にある日本武尊(やまとたけるのみこと)社である。

日本武尊のほかに大国主命(おおくにぬしのみこと)、事代主命(ことしろぬしのみこと)を祀っているのである。


日本武尊社の前に置かれている天狗の斧とされる大斧は重さ百貫(375kg)である。

一応トライしてみたのであるが、力自慢のあたしでもまったく動かない重さであるので、泥棒も持って行くとは思えないので夜もほったらかしである。


小御嶽神社境内から観る霊峰富士山である。

このような美しい景色を観ることができるだけでも脳波はいやが上にもよろしい状態となり、よろしい脳内ホルモンはこれでもかと大放出で、いわゆるパワースポットとしての効果は絶大である。

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2016年4月17日日曜日

赤城神社(群馬県赤城山)



赤城神社(あかぎじんじゃ)は、群馬県前橋市富士見町赤城山にある神社である。

主祭神は、赤城大明神(あかぎだいみょうじん)、大国主神(おおくにぬしのかみ)、磐筒男神(いわつつのおのかみ)、磐筒女神(いわつつめのかみ)、経津主神(ふつぬしのかみ)である。

正式名称は赤城神社であるが、他の赤城神社との区別のため「大洞赤城神社(だいどうあかぎじんじゃ)」とも呼ばれるのである。

関東地方を中心として全国に約300社ある赤城神社の、本宮と推測されるうちの一社である。


赤城神社が鎮座する大沼(おおぬま、おの)は、赤城山にあるカルデラ湖である。

ロケ当日は3月31日であったのであるが、標高1,345mの大沼は春といえどもまだ氷が張っていて、寒風吹きすさぶ修行感満点な光景である。

それでも、参拝客がちらほらと訪れて、拝殿で神妙に何かをお祈りなされているので、そこはそれ、あたしも日頃の守りのお礼を「ありがたいありがたい」と滞り無く申し上げて、この先の人生の方向性をより良い方向に修正するわけである。

まあ、この寒さの中を拝殿まで歩けば、身も心も引き締まり、健康効果は実に香ばしい限りである。

しかし温暖な平地から来るまでご来駕されて、極端に気温の下るこの地に立つときは、体のちょーしの悪い方や高血圧の方はいきなりの寒さで問題が出る場合もあるので、十分な衣服の備えをすることは必定である。

なにはともあれ、この動画から醸しだされる境内の清浄な静けさを楽しみながら、宇宙に限りない近い波動を受けて、体内の振動はいやが上にも高まり、あなたの人生をこよなく新しい楽園へと導くのである。

どんな楽園になるかはあなたの心がけ次第であるのは言うまでもないことである。


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2016年4月3日日曜日

真田神社(上田市)



真田神社は長野県上田市二の丸の上田城跡公園内の本丸跡にある神社である。

真田神社は1889年(明治22年)に真田幸隆、昌幸、信之と幸村(信繁)親子を主祭神として地元有志によって創建され、さらに、仙石・松平の歴代上田藩主を祀っているのである。


なにしろ真田であるから、知恵と勝負事の神とされ、その御利益を求めて、受験生にも人気である。

まあ、神社参りは「あやかりたい」ということがご利益のひとつであるから、祀られた祭神の業績をもとに、多少でもその方向に意識を向けるきっかけになればこれ幸いということである。


真田神社のある上田城跡公園内には、現在放送中の某国営放送の大河ドラマ「真田丸」の人気にあやかって、城内では大河ドラマ館なんてもんもできているのである。

とにかく、地方都市にとっては大河ドラマで取り上げられるということは願ってもない宣伝効果であるのが、城内の大騒ぎからも見て取れるのである。

現在は放送の真っ最中であるが、まあ、これまでの大河ドラマの舞台になった地域の例をみると、ドラマが終了しても大河ドラマ記念館的な位置になるわけである。



真田井戸である。

直径2mで、深さは16.5mである。

まあ、井戸であるからパワースポットという見方もあるが、伝説ではこの井戸には抜け穴があり、城北の太郎山麓の砦や上田藩主居館(上田高校敷地)に通じていたと言われているのである。

城が攻められてあらいやんなんて場合の、緊急時の避難通路であったということであるわけであるが、現在はどーなっているのか、あたしがもぐって確かめるわけにもいかないので、定かで無いのは言うまでもないことである。

まあ、なんにしても、ありがたいありがたいと拝んでおけば、「やらないよりはマシ」というご利益をいただけるのである。

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2016年3月28日月曜日

安楽寺(上田市)と八角三重塔(国宝)



安楽寺(あんらくじ)は長野県上田市別所温泉にある曹洞宗の寺院で山号は崇福山である。

本尊は釈迦如来で、開山は樵谷惟仙(しょうこくいせん)である。

樵谷惟仙は信濃出身の臨済宗の僧で、13世紀半ばに宋に留学し、寛元4年(1246年)に帰国したということである。

伝承では天平年間(729~749年)の行基による建立あるいは平安時代の天長年間(824~834年)の創立とも言わ、長野県で最古の禅寺であるが、鎌倉時代(1185年頃~1333年)以前については明確な資料がなく判然としないということである。

ロケ当日は晴天であったのであるが、前日に雪が降ったので、境内にはその雪がそこかしこに残って、なかなか風情のある風景となったのである。


安楽寺の黒門である。

黒い門であるからそのまんまで黒門であるが、扁額の「崇福山」は「そうふくさん」と読むのである。

寛政4年(1792年、江戸時代)安楽寺十三世である南沖仏鯤(なんちゅうぶつこん)和尚の代に建てられたつーことであるので、たいへん由緒ある門であるのである。

この黒門は温泉街の通りに面しているので、スーパー銭湯の入り口みたいな感も否めないのはあたしだけではないかもしれないのであるが、大変失礼であるので、ここだけの話にしてもらいたいのである。



国宝の八角三重塔である。

この三重塔の建立年代は、鎌倉時代末〜室町時代始め頃とされていたが、奈良文化財研究所埋蔵文化財センター古環境研究室による部材の年輪年代調査の結果、1290年代に建築されたものと考えられ、日本最古の禅宗様建築である可能性があるということである。

この八角三重塔は国宝だけに、ご拝観なされるには本堂の左側の料金所で300円を払わないといけないのである。


300円払ってパンフレットをもらってゲートを入るとすぐ目の前に経蔵があるのである。

この経蔵には江戸時代に宇治の黄檗山万福寺から購入した鉄眼の一切経が収められているのである。

一切経とはお釈迦さんの教えにかかわる、経・律・論の三蔵いわゆるティピタカと、その他注釈書を含む経典の総称で、いわゆる大蔵経である。

自分で書いていてもマニアックでつまらん話であるから、仏教に興味のない方には拷問であるかもしれないのであるが、まあ、それもこれも仏縁であるから、どこでどうなるかは仏様の思し召し次第である。


さらに歩いて行くとお地蔵さんが並んでいて、さらに歩いて神社仏閣参拝のお楽しみである急峻な石段を登ると八角三重塔にご到着遊ばすのである。

本堂京大同様にこの三重塔の周囲にも雪が残り、そこはかとなく厳しい仏教の修行を思わせるおもむきのあれこれであるが、とにもかくにもなむなむして、ありがたいありがたいとお礼を申し上げたのである。

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2016年3月26日土曜日

北向観音



北向観音(きたむきかんのん)は、長野県上田市の別所温泉にある天台宗の寺院で、近隣にある天台宗常楽寺の伽藍の一部として所有・管理する別坊である。

ご本尊は千手観音菩薩である。

社伝によれば、創建は平安時代初期の天長2年(825年)で、開祖は円仁(慈覚大師)である。


まあ、なにしろ北向きの観音様であるので北を向いてるわけであるが、わざわざ日当たりの悪い方に向いているのは、この世の拠り所とされる北斗七星との関係である。

気功でも北斗七星を氣の根源とする流派もあって、特に真夜中の子の刻(午後11時~午前1時)にその方向に向いて気功を行うと効果的であるとかないとか、宇宙全体から考えるとトンチンカンなことがまことしやかに伝承されている方向であるのである。

まあ、何ごとも信ずるものは救われるというとおり、身体は思い込んだ方向に変わるので、プラシーボ効果と言うといえば、それなりの効果はあるわけである。

象気功は身もふたもないのである。


本堂の奥にはご本尊の秘仏千手観音像が光り輝いておられるのである。

なんでも拝んどけ拝んどけであるので、とにもかくにも100円を賽銭箱に放り込んで、手を合わせてなむなむするのである。

放り込むというのは穏やかでないのであるが、どうやってもカランコロンチャリンとなるのでやっぱり放り込む、あるいは投げ入れるというのが正しい表現であるのは否めないのである。

ううむ、どうでもいいのである。


この日は、周辺に大雪警報も出た日の翌日ということもあって、観光客はそれほど多くないのであるが、それでも、少し離れた大駐車場で団体のバスから降りた皆さんが、北向観音参道入り口までの数百メートルの坂道をえっちらおっちら歩いて来られるのである。

あたしは参道入り口前の数台が停められる小さな駐車場が空いていたので、ラッキーということですぐそこに停めたので、入り口直結で参拝なされるという省エネ参拝であるのである。


北向観音の愛染堂である。

愛染堂であるから、愛染明王を祀っておられるわけである。

愛染明王はその名の通り愛欲の仏尊である。


愛欲というと、われわれ下世話な衆生はよからぬことをご想像なされるわけであるが、人間のエネルギーで一番強いのは言うまでもなく性欲であるので、そのあたりを開けば細胞はこよなく活性化されるということである。

まあ、意味は多少異なるが、精力善用ということであるわけである。

また、生命活動において最も重要なことは種の保存・存続にあるのであるから、基本的な生殖能力の向上ということにおいても重要な仏尊であるのは言うまでもないことである。

オン マカ ラギャ バゾロ シュウニシャ バザラ サトバ ジャク ウン バン コク

である。


不動堂である。

不動堂であるから、もちろん不動明王が祀られているわけである。

不動明王はいうまでもなく、不動心を養成する仏尊である。

世の中は、頭脳明晰であればなにごとも成就するかというと、そうでもなくて、気が弱くて何も行動できなければ、その頭脳も無意味であるわけである。

そのための肚を養生するのがこの仏尊である。

ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン

である。

真言・マントラの効果については、象気功信者には周知のことと思われるので、あえて言及しないが、やらないよりはマシというコンセプトに従って、日々、適度に唱えれば、やらないよりはマシな人生になること請け合いである。

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2016年2月26日金曜日

武州柿生琴平神社本殿



武州柿生琴平神社は神奈川県川崎市麻生区栗木に鎮座する神社である。

祭神は伊勢の天照大御神(あまてらすおおみかみ)と四国讃岐の金刀比羅宮の大物主神(おおものぬしのかみ)である。

大物主は元来が蛇神であるが、水神または雷神としての性格を合わせ持ち、稲作豊穣、疫病除け、酒造りなどの神として信仰を集めているてなことである。

また、大物主は大国主の分霊ともされるため、大黒天として祀られることも多く、また国の守護神である一方で、強力な祟り神ともされているので、あだやおろそかな気持ちで参拝するとろくなことにはならないのである。

あたしみたいな神も仏もない不届き者の霊能者には、何が起きるかわからんというスリリングな展開を予想させる香ばしい神であるわけである。

武州柿生琴平神社の創祀は元亀元年(1570年)にさかのぼると伝えられているのであるが、平成十九年に放火により拝殿が焼失、現在の本殿は平成二十三年に再建されたものである。


本殿は大鳥居のある儀式殿から100mほど離れた小高い山の頂上にあり、頂上まで急峻な60段の石段を登らなければならないのである。

この「石段登り」が神社参拝の楽しみであり、血行促進による健康効果のご利益のひとつでもあるわけである。

まあ、60段であると、あたしみたいな健脚自慢の石段マニアにはいまひとつ物足りないわけであるが、贅沢なことを言わずに、人生の一瞬のお楽しみをじっくりと味わうわけである。

まあ、これが、じっくりとは言っても、カメラのモニターを見ながらの登坂であるので、うっかりしてるとけっつまずいて転落して、祟り神でもある大物主のタタリをそのまま受けてしまうのである。

しかし、ゆっくり登ったのでは尺の関係があるので、それなりにどんどん行かなければないので、TV番組のカメラマンは命がけであることがよーくわかるのである。

神社参りで石段から転げ落ちて大怪我ではシャレにもならんので、そこはそれ天照大神と思し召しと、大物主神のタタリをかいくぐって、無事、登頂に成功して、本殿に参拝したわけである。

山頂境内に登ると周囲の景色が一望で実に爽快であるので、脚力に自身のない向きは、石段の脇になだらかな参道もあるので、ゆっくりと登ってお楽しみいただくと、その景色を眺めるだけでも、あなたの脳内ではよろしいホルモンが放出され、波動はよろしい振動を刻むことうけ合いである。

とにかく人生は健康があってなんぼのもんである。

はらいたまえ きよめたまえ まもりたまえ さきわえたまえ。

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2016年2月20日土曜日

谷保天満宮



谷保天満宮(やぼてんまんぐう)は東京都国立市にある神社である。

御祭神は天満宮だけにもちろん学問の神様の菅原道真公と、その息子さんの菅原道武公である。

おつむのちょーしがいまひとつ芳しくないと実感されている人は、ここにお参りして、よーくお礼を申し上げれば、やらないよりはマシというご利益をいただけること必定である。

カミゴトは何ごとにつけ「お願い」するのは禁忌である。

神様はお願いされるとむかっ腹を立てて神罰を持ってお応えになるのである。

誰でも見ず知らずのやつに、金が儲かりますようにだとか、いい男がみつかりますようだとか、いい女ができますようにだとか、いい大学に受かりますようにだとか、勝手なことをお願いされたら怒るのは当たり前である。

ところが、誰でもお礼を言われるのは好きである。

神様だって同じである。

ひたすら、ありがたいありがたい、と日頃のお礼を申し上げるのが、よりよりご利益をいただける作法である。

これをどなたもご存じないから、どこぞの国ではみんなでよってたかって神様に勝手なお願いをして、神様の怒りを買って、数百人が圧死なされたりしてるわけである。

カミゴトを正しく知ってると知らないではエライ差であるが、象気功に出会えたものは幸いである。

まあ、とにもかくにも谷保天満宮は東日本最古の天満宮であり、関東三大天神(他に亀戸天神社・湯島天満宮)のひとつである。

南武鉄道(現:JR南武線)が谷保駅の駅名を「やほ」としたため、本来の地名の「谷保(やぼ)」までも「やほ」と呼ぶようになってしまったが、谷保天満宮の谷保は「やぼ」と読むのが正しいのであるつーことである。


2月中旬のこの日はあいにくの雨模様で真冬のような寒さであるが、さすがは学問の神様だけに受験生の皆さんが次から次へと来られて、真剣に祈願なされているのである。

科学万能の時代と言われて久しい昨今でも、何ごとも最後は神頼みであるということがよーくわかるわけである。

まあ、この谷保天満宮はうちのすぐ近所にあるのであるが、これが名所旧跡も近すぎると有り難みがなくて行かないもんで、神に選ばれし最強の霊能者と言い張るあたしも初めてのご参拝である。

実に申しわけないことであるので、精魂込めて祝詞を奏上したのはゆーまでもないことである。

祓え給い 清め給え 神ながら 守り給い 幸え給え。

祓え給い 清め給え 神ながら 守り給い 幸え給え

祓え給い 清め給え 神ながら 守り給い 幸え給え

はらいたまい きよめたまえ かむながら まもりたまい さきわえたまえ

である。

いつもより多めに拝んでおります。

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2016年2月1日月曜日

大船観音寺



大船観音寺(おおふなかんのんじ)は、神奈川県鎌倉市岡本一丁目にある曹洞宗の寺院で、山号は仏海山、本尊は聖観音である。

宗教法人大船観音寺としての創建年は昭和56年(1981年)で、昨今は大船のシンポルともなっている全高約25mの巨大白衣観音像(大船観音)で知られるのである。


この観音像は胸から上の、いわば胸像であるが、大船駅から見ると、小高い山の上にあるために、あたかも全身の立像のように見え、とんでもない高さの観音像かと思うのである。

参道を上がってこの観音胸像に実際にお目にかかっても、胸から下が地中に埋まっているような感覚があり、人間の潜在意識の不思議さを垣間見るわけである。

てなことで、観音像をぐるりと周ると裏手に入り口があり、中に入ると檀家さんの法事の最中なのか御札に祈祷の最中なのか、華やかな読経もありがたく、あたしもいっしょにご拝聴して、世事でまみれた罪穢れを洗い流して、明日の礎となさんとあれこれそれこしてあらうふんであるのである。

これで、笑えというのが無理な話であるが、とにかく、笑わせてなんぼの象気功であるので、そこはそれ、無駄と思えることも無理やり笑いにつなげて、人生の困難苦難に迷い悲嘆にくれる衆生を笑っとけ笑っとけと鼓舞するわけである。

まあ、ありがたいものを見て、さらに爆笑できれば、あなたの脳内ホルモンの放出、細胞のミトコンドリアの活性度は実に爽快な状態となることは必定であるので、そこんところをつついてたたいてかぶってポンである。

師匠、尺が埋まりましたから、もうそのへんでカンベンしてやって下さい。


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2016年1月13日水曜日

円覚寺



円覚寺(えんがくじ)は、神奈川県鎌倉市山ノ内にある寺院で、正式には瑞鹿山円覚興聖禅寺(ずいろくさんえんがくこうしょうぜんじ)である。

臨済宗円覚寺派の大本山であり、鎌倉五山のうちの第二位に列せられ、本尊は宝冠釈迦如来である。

鎌倉五山は臨済宗の寺院を格付けをする制度で、ちなみに第一位が建長寺、第三位が寿福寺、第四位が浄智寺、第五位が浄妙寺である。


創建は弘安5年(1282年)で、開基は北条時宗である。

開山は中国明州慶元府出身の鎌倉時代の臨済宗の僧である無学祖元(むがくそげん)である。

開山と開基については、同義語的に用いられる場合が多いのであるが、禅宗や浄土宗では寺院の創建に尽力した資主を開基と呼び,その開創の僧を開山と呼んで区別しているのである。

まあ、そんなことは霊氣神氣を受ける上でどーでもいいのであるが、円覚寺境内にはお堂や拝殿や庵や、みごとな庭園や池があれこれあって、お寺のディズニーランドてなぐらい楽しめるのである。

神社仏閣に参拝するときは、この「楽しむ」という感覚が非常に重要である。

楽しむと身体が緩むのである。

緩めば毛細血管が開き、血行がよろしくなり、全身の臓器内臓の細胞にくまなく血液が運ばれ、酸素と栄養素が行き渡り、細胞の再生と修復がこよなく成就されて、健康と運気がよろしくなるわけである。

あなたの人生を決定するのは、全身60兆の細胞の状態の如何である。

細胞を再生修復するのは血管により運ばれた血液である。

細胞に酸素と栄養が行きとどかなければ、ろくなことにならないのは、スピリチュアルだのへったくれだのと言っているそうとうにおつむのちょーしが悪い人でも気がつくことである。

いやな気持ちになればアドレナリンやノルアドレナリンが放出されて血流が滞り、楽しい気持ちになればドーパミンやβエンドルフィンが放出されて血流が促進されるのである。

神社仏閣の境内の樹木の氣や配置、さらには古来からの人々の信仰による集積したよろしい波動も含めて、「霊氣神氣を受ける」ということは、全身60兆の細胞を活性化させることに目的があるのである。

いつも言うとであるが、人間は元気でなんぼである。

円覚寺境内のお楽しみの数々はその効果満点である。



山門を入ってすぐ左脇にある選仏場(せんぶつじょう)である。

選仏場というのは、いわゆる座禅道場である。

臨済宗は、日本においては禅宗のひとつであるので、その修業には座禅が欠かせないわけである。

つまり、いい大人が、何をするわけでもなく、日がな一日、お座りしてじーっとしてるわけである。

そんなことをしてる暇があったら、ボランティアで駅前のお掃除でもすればいいと思うが、そこはそれ、お釈迦さんが菩提樹の下でお座りして悟りを開いたと伝えられているので、もしかしたらまぐれで自分も悟りを開けるかもしれないと思い上がった勘違いをして、じーっとお座りしているわけである。

お釈迦さんはこの世のことわりと正しい生き方をお示しになられてはいるが、お座りして悟りを開けなんて一言も言っておられないのである。

釈迦の生まれ変わりのあたしが言ってるんだから間違いないのである。

どこかで聞いたことのあるホラであるが、その某ホラ吹きのカネ集めのための言いたい放題の口から出まかせを本気で信じている人が、日本中はもとより世界中に多々おられるので、世の中は楽しくて面白いのである。

まあ、信ずるものは救われるで、医学的にはプラシーボ効果がないでもないので、あたしゃ、一概に否定はいたしませんが、法外なお布施は無駄であるので、あたしみたいに100円均一とすることをご推奨申し上げるのである。

まあ、どーでもいい話はともかく、禅宗の修行の本体である座禅をディスっていると勘違いされては困るので言っておくが、あたしの家は父祖代々、某禅宗の檀家世話人で、あたし自身が総代も務めたことのある敬虔な仏教徒である。

某禅宗のプロのお座り師である菩提寺住職直伝であるので、お座りのレベルは、そのへんのお座りマニアのしろーとさんとは格段に違うのである。

ちなみに母は敬虔な某キリスト教徒である。

そのせいかどうか、いくらお座りしても、こんな神も仏もないろくでなしになったわけである。

だれがこんなだ。

そこかよ。

師匠、今日は絶好調でんな。

誰がでこぼこだ。

なにゆうてまんの?



円覚寺境内の小高い山の上にある大弁財天の拝殿と、国宝の哄鐘(おおがね)である。

弁財天は仏教の神であるが、もともとはヒンドゥーのサラスヴァティという川を神格化した神である。

川のさらさら流れる妙なる音から、音楽と芸事の神とされ、さらに流れるものということで弁舌の神となり、ついでに学問の神となり、日本に伝えられて弁才天から弁財天となり、財力のご利益も加えれて、あたしらお笑い芸人には実にありがたい神様となったわけである。

誰がお笑い芸人だ。

いちいちボケるのはめんどくさいが、お約束であるのでいたしかたないのである。

読者信者におかれましては、忍耐も仏道修行のひとつと心得て、修行の一環として苦笑でもいいから笑っていただきたいわけである。

つーことで、あたしの守り神は、宗像三神の一柱の市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)とそれに付きそう数人の女神であるが、市寸島比売命は神仏習合思想により弁財天と同一神とされているので、お釈迦さんのご遺言で「こだわらずにその場に合わせて生きる」ということを忠実に実践するあたしは、やたらなツッコミを入れることなく、素直になんでも拝み倒すわけである。

ありがたいありがたい、なむなむ。



舎利殿の拝殿である唐門である。

舎利殿はお釈迦さんが荼毘に付されて時の棺や祭壇も含めた灰の一部と言い張るものを安置してるので、仏教寺院である円覚寺の本体でもあるわけである。


唐門から舎利殿に向かって心ゆくまで拝み倒したのは無論であるが、それで、何かご利益を願うのは筋違いであるので、これでもかと教えに対するお礼を申し上げたわけである。

お釈迦さんの教え自体がご利益であるのである。

ありがたいありがたい、なむなむ。

なんでも拝んどけ拝んどけである。



最後に白鹿洞(びゃくろくどう)である。

円覚寺山号の「瑞鹿山」は、円覚寺開堂の儀式の際、この穴から白鹿の群れが飛び出してきて、説法を聴聞した という故事によるものとされるのである。

それで、もしかしたら白鹿の皆さんが飛び出してこないとも限らんので、カメラを回しながら待ち構えていたのであるが、ついに白鹿は一頭もお出ましにならなかったのである。

ありがたいありがたい、なむなむ。

まあ、こんなとこかね。

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2016年1月4日月曜日

2016年元旦江の島弁財天(江島神社)初詣



江島神社(えのしまじんじゃ)は日本三大弁財天のひとつで神奈川県藤沢市江の島にある神社である。

ちなみに、日本三大弁財天は、竹生島(都久夫須麻神社)、宮島(厳島神社)、江の島(江島神社)といわれるが、江島神社の代わりに吉野の天河大弁財天社を入れる場合もあるつーことである。


江島神社の祭神は宗像三女神で、島の西方の奥津宮(おくつみや)に多紀理比売命(たきりひめのみこと)、中央の中津宮(なかつみや)に市寸島比売命(いちきひまひめのみこと)、北方の辺津宮(へつみや)に田寸津比売命(たぎつひめのみこと)をそれぞれ祀り、これを江島大神と総称するのである。

江戸時代までは弁財天を祀っており、江島弁天・江島明神と呼ばれ、現在でも江の島の弁天さんということで親しまれているのである。

現在の祭神は明治の神仏分離の際に改められたもので、辺津宮境内の奉安殿には八臂弁財天と妙音弁財天が安置されているのである。


この動画は辺津宮境内奉安殿への参道石段を登るロケであるが、なにしろ正月元日の夜であるので、まだまだ、参拝客が引きも切らず、最上段は長蛇の列で、さすがの神選霊能者の象師匠も勝手に前に割り込むわけにもいかないので、一般衆生に混じって30分以上並んでお待ちになってなむなむしたのである。

まあ、弁財天はもともとはヒンドゥーの女神であるサラスバティが仏教に取り込まれたものである。

サラスバティは現在は無くなったインドの川の名でそれを神格化したものである。

川の水がさらさら流れる音から音楽・芸術さらには弁舌・学問の神とされ、弁才天という字が当てられていたのであるが、これが弁財天となり、財力のご利益も併せ持つ便利な神となったわけである。

さらに神仏習合により、弁財天はあたしの守り神である市寸島比売命と同一神となったのである。

弁財天をなむなむすることはあたしの守り神をなむなむすることであるので、身命を賭して全力でなむなむしたのは言うまでもないことである。

これであたしのお笑い芸人としての人気はうなぎのぼりで、今年の年収は数億円が約束されたようなものである。

だれがお笑い芸人だ。

ううむ、まあ、象気功はお笑いがテーマであるので、あながち間違いではないのである。

笑う門には福来たるであるのは、昨今、笑うと免疫力が上がるということで、医学的にも証明されていることである。

神のお告げはどこまでもなるべくしてなるのである。


随神門の中にある弁財天童子石像である。

なむなむ。

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