霊能気功家象師匠が日本中の霊氣神氣を集めるべく占術を駆使して造られた空間を霊視で巡るスピリチュアル巡礼ツアーである。宇宙の創造主の神意を賜り、魂の浄化を体現し、その清浄な氣によって運命運勢運気を上昇に導くのである。
2016年3月28日月曜日
安楽寺(上田市)と八角三重塔(国宝)
安楽寺(あんらくじ)は長野県上田市別所温泉にある曹洞宗の寺院で山号は崇福山である。
本尊は釈迦如来で、開山は樵谷惟仙(しょうこくいせん)である。
樵谷惟仙は信濃出身の臨済宗の僧で、13世紀半ばに宋に留学し、寛元4年(1246年)に帰国したということである。
伝承では天平年間(729~749年)の行基による建立あるいは平安時代の天長年間(824~834年)の創立とも言わ、長野県で最古の禅寺であるが、鎌倉時代(1185年頃~1333年)以前については明確な資料がなく判然としないということである。
ロケ当日は晴天であったのであるが、前日に雪が降ったので、境内にはその雪がそこかしこに残って、なかなか風情のある風景となったのである。
安楽寺の黒門である。
黒い門であるからそのまんまで黒門であるが、扁額の「崇福山」は「そうふくさん」と読むのである。
寛政4年(1792年、江戸時代)安楽寺十三世である南沖仏鯤(なんちゅうぶつこん)和尚の代に建てられたつーことであるので、たいへん由緒ある門であるのである。
この黒門は温泉街の通りに面しているので、スーパー銭湯の入り口みたいな感も否めないのはあたしだけではないかもしれないのであるが、大変失礼であるので、ここだけの話にしてもらいたいのである。
国宝の八角三重塔である。
この三重塔の建立年代は、鎌倉時代末〜室町時代始め頃とされていたが、奈良文化財研究所埋蔵文化財センター古環境研究室による部材の年輪年代調査の結果、1290年代に建築されたものと考えられ、日本最古の禅宗様建築である可能性があるということである。
この八角三重塔は国宝だけに、ご拝観なされるには本堂の左側の料金所で300円を払わないといけないのである。
300円払ってパンフレットをもらってゲートを入るとすぐ目の前に経蔵があるのである。
この経蔵には江戸時代に宇治の黄檗山万福寺から購入した鉄眼の一切経が収められているのである。
一切経とはお釈迦さんの教えにかかわる、経・律・論の三蔵いわゆるティピタカと、その他注釈書を含む経典の総称で、いわゆる大蔵経である。
自分で書いていてもマニアックでつまらん話であるから、仏教に興味のない方には拷問であるかもしれないのであるが、まあ、それもこれも仏縁であるから、どこでどうなるかは仏様の思し召し次第である。
さらに歩いて行くとお地蔵さんが並んでいて、さらに歩いて神社仏閣参拝のお楽しみである急峻な石段を登ると八角三重塔にご到着遊ばすのである。
本堂京大同様にこの三重塔の周囲にも雪が残り、そこはかとなく厳しい仏教の修行を思わせるおもむきのあれこれであるが、とにもかくにもなむなむして、ありがたいありがたいとお礼を申し上げたのである。
スピリチュアル 精神世界
2016年3月26日土曜日
北向観音
北向観音(きたむきかんのん)は、長野県上田市の別所温泉にある天台宗の寺院で、近隣にある天台宗常楽寺の伽藍の一部として所有・管理する別坊である。
ご本尊は千手観音菩薩である。
社伝によれば、創建は平安時代初期の天長2年(825年)で、開祖は円仁(慈覚大師)である。
まあ、なにしろ北向きの観音様であるので北を向いてるわけであるが、わざわざ日当たりの悪い方に向いているのは、この世の拠り所とされる北斗七星との関係である。
気功でも北斗七星を氣の根源とする流派もあって、特に真夜中の子の刻(午後11時~午前1時)にその方向に向いて気功を行うと効果的であるとかないとか、宇宙全体から考えるとトンチンカンなことがまことしやかに伝承されている方向であるのである。
まあ、何ごとも信ずるものは救われるというとおり、身体は思い込んだ方向に変わるので、プラシーボ効果と言うといえば、それなりの効果はあるわけである。
象気功は身もふたもないのである。
本堂の奥にはご本尊の秘仏千手観音像が光り輝いておられるのである。
なんでも拝んどけ拝んどけであるので、とにもかくにも100円を賽銭箱に放り込んで、手を合わせてなむなむするのである。
放り込むというのは穏やかでないのであるが、どうやってもカランコロンチャリンとなるのでやっぱり放り込む、あるいは投げ入れるというのが正しい表現であるのは否めないのである。
ううむ、どうでもいいのである。
この日は、周辺に大雪警報も出た日の翌日ということもあって、観光客はそれほど多くないのであるが、それでも、少し離れた大駐車場で団体のバスから降りた皆さんが、北向観音参道入り口までの数百メートルの坂道をえっちらおっちら歩いて来られるのである。
あたしは参道入り口前の数台が停められる小さな駐車場が空いていたので、ラッキーということですぐそこに停めたので、入り口直結で参拝なされるという省エネ参拝であるのである。
北向観音の愛染堂である。
愛染堂であるから、愛染明王を祀っておられるわけである。
愛染明王はその名の通り愛欲の仏尊である。
愛欲というと、われわれ下世話な衆生はよからぬことをご想像なされるわけであるが、人間のエネルギーで一番強いのは言うまでもなく性欲であるので、そのあたりを開けば細胞はこよなく活性化されるということである。
まあ、意味は多少異なるが、精力善用ということであるわけである。
また、生命活動において最も重要なことは種の保存・存続にあるのであるから、基本的な生殖能力の向上ということにおいても重要な仏尊であるのは言うまでもないことである。
オン マカ ラギャ バゾロ シュウニシャ バザラ サトバ ジャク ウン バン コク
である。
不動堂である。
不動堂であるから、もちろん不動明王が祀られているわけである。
不動明王はいうまでもなく、不動心を養成する仏尊である。
世の中は、頭脳明晰であればなにごとも成就するかというと、そうでもなくて、気が弱くて何も行動できなければ、その頭脳も無意味であるわけである。
そのための肚を養生するのがこの仏尊である。
ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン
である。
真言・マントラの効果については、象気功信者には周知のことと思われるので、あえて言及しないが、やらないよりはマシというコンセプトに従って、日々、適度に唱えれば、やらないよりはマシな人生になること請け合いである。
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