2013年4月9日火曜日

伊勢神宮(外宮)表参道



伊勢神宮・外宮(げくう)であるのである。

伊勢神宮(いせじんぐう)は、三重県伊勢市にある神社で、皇大神宮(こうたいじんぐう)・内宮(ないくう)と、豊受大神宮(とようけだいじんぐう)・外宮(げくう)の両正宮(しょうぐう)を中心として、14の別宮(べつぐう)、百九所の摂社・末社・所管社から成り立っているのである。

外宮・豊受大神宮の主祭神は豊受大御神(とようけのおおみかみ)であるのである。

豊受大御神は神名をトヨウケビメといい、皇大神宮(内宮)に鎮座まします天照坐皇大御神(あまてらすおおみかみ)の食事である大御饌(おおみけ)を司る神であるのである。

ついに、古来より至高至貴神社と仰がれ、日本全国の神社の総親神、神社神道の総元締め、神社本庁の本宗(ほんそう)である伊勢神宮に、古今未曾有世界屈指の大霊能者象師匠がはるばる東京より御来車御来臨遊ばしたのである。

ううむ、さすがにどーやってもこーやっても漢字だらけになるのであるが、まあ、「饌」以外はだいたい当用漢字の範囲内であるので、このぐらいはご勘弁いただいて先に行くのである。

言わずもがなのお為ごかしのお詫びをつつがなく書き添えて、日本の神道界の頂点伊勢神宮と、全世界霊能界の頂点を目指す象師匠との、いわば頂点対決であるのである。

まあ、この場合、対決という表現が相応であるかどーなのかは後の世の衆生済度の判断を待つとして、神霊と生き霊(いきすだま)の対決といってもいいわけである。

既に霊能王国タイランドの霊能界を席巻して、霊能界の世界制覇目前の不肖象師匠としては、相手にとって不足はない初顔合わせの一番であるのである。

相撲かよ。

神代における建御雷神(タケミカヅチ)と建御名方神(タケミナカタ)の対決を起源とする相撲は神事でもあるので、まさに神霊界を2分する東西横綱同士の大一番とゆーこともできるのであるが、言いたい放題も度が過ぎるとそのうち誰かに怒られるのである。

とゆーことで、伊勢神宮の正式名称は地名の付かない「神宮」(じんぐう)であるが、他の神宮と区別するため「伊勢の神宮」と呼ぶこともあるのである。

また、一般衆生は親しみを込めて「お伊勢さん」「大神宮さん」とも呼んだりするのである。

二十二社(上七社)の一社であり、日前神宮、國懸神宮とともに、日本における神道の神に授けられた位階である神階が授与されたことのない神社の一社であるのである。

二十二社(にじゅうにしゃ)は、神社の社格の一つで、国家の重大事、天変地異の時などに天皇の命により神社・山陵などに幣帛(へいはく)を奉献するという奉幣(ほうへい)を朝廷から受けたのであるのである。

幣帛(へいはく)とは、神道の祭祀において神に奉献するもののうち、神饌(しんせん)以外のものの総称であるのである。

神饌とは、日本の神社や神棚に供える供物のことで、御饌(みけ)あるいは御贄(みにえ)とも呼ばれるのであるのである。

古代においては宇佐神宮、中世においては石清水八幡宮と共に二所宗廟の一つとされ、明治時代から戦前までの近代社格制度においては社格の対象外とされたのであるとゆーぐらいえらい、神社の中の神社であるのである。

伊勢神宮には、太陽を神格化した天照坐皇大御神を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮の二つの正宮があり、一般に皇大神宮は内宮と呼ばれ、豊受大神宮は外宮と呼ばれるのである。

内宮と外宮は離れているため、観光ツアーなどでスケジュールの都合上、お時間が限られてる場合は内宮のみの参拝の皆さんが多いそーである。

しかし参拝作法としては、まず外宮を参拝してから内宮に参拝するのが正しい作法とされているのである。

もちろんあたしは全世界70億人の魂魄(こんぱく)・御霊(みたま)を導く大霊能者というお役目柄、外宮参拝を省略などとゆーことはできるわけもないので、その作法慣例に従い、まずはこの外宮に来車来臨参上して、入り口である表参道火除橋を渡り、第一鳥居、第二鳥居を経て、正宮まで自ら徒歩にて玉砂利を踏み鳴らし、ご参拝遊ばしたのである。

いやはや、さすがに日本の神社神道を仕切る本宗とされるだけに、その広大さは外宮といえども大変なもので、行けども行けども豊受大御神の鎮座まします正宮までは遙かなる道のりであるのであるが、でもなんだかんだで表参道火除橋から正味10分ぐらいかね。

まあ、神社参拝のご利益は参道の階段に代表される血行促進体力増強が基本であるので疲れるほどよろしい効果があるのである。

人間は、何はなくとも健康であるのである。

結局そこかよ。

そーゆーことで、伊勢神宮外宮の広大無辺の境内からの鴻大勁烈なる波動を受けてさらなる霊格の高みへ飛翔できた人は幸いであるのである。

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