2013年4月3日水曜日

富岡八幡宮



富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)は、東京都江東区富岡にある八幡神社である。

別名を「深川八幡」ともいうのである。

主祭神は応神天皇(八幡神)であり、相殿神として、神功皇后、仁徳天皇、天照皇大神、常磐社神、武内宿祢命、日本武尊、天児屋根命、竈大神を祀るのである。

まあ、どなたも富岡八幡宮というとこの深川八幡を思い浮かべるわと思うのであるが、本社は建久年間(1190年~1199年)に源頼朝が摂津国難波の蛭子神(現在の西宮神社)を勧請(かんじょう)して創建した神奈川県横浜市金沢区富岡町に鎮座する富岡八幡宮で、この深川八幡はその直系分社であるつーことであるのである。

氏子区域は、江東区の西部と中央区の東部であるのである。

鳥居をくぐってすぐ左横に伊能忠敬の銅像があるのである。

江戸時代の測量家である伊能忠敬は、当時深川界隈に居住し、測量に出かける際は、安全祈願のため富岡八幡宮に必ず参拝に来ていたことから、2001年に当社境内に銅像が建立されたてなことであるのである。

また、大相撲との関わりも深く、江戸勧進相撲の発祥の地としても知られ、しばしば境内で本場所も開催されたのであるのである。

特に明治維新以降、幕府や大名家の加護を失った相撲界が、神道との関わりを強調することで生き残りをはかったためもあり、当社と相撲との結びつきが強まったつーことであるが、関係者に聞いたわけではないので、もちろん読みかじりであるのである。

現在も新横綱誕生のおりの奉納土俵入りなどの式典が執り行われるほか、境内には相撲にまつわる横綱力士碑などの数々の石碑が建っているのであるが、残念ながらスマホカメラは八幡神の霊気ご利益の波動を受けることを第一の旨として本殿遥拝殿に驀進しているので映ってないのである。

当社の一の宮神輿は日本最大の神輿とされ、あまりの大きさに1991年(平成3年)に初渡御が行われただけで以後は正面参道の神輿庫ショーウインドウに展示品として扱われているつーことであるのである。

この大神輿には10カラットのダイヤも埋め込まれているとゆー噂であるので、もちろん、あたしはショーウインドウのガラス越しに大神輿をくまなくご見学遊ばしたのであるが、10カラットのダイヤがどこに埋め込まれているのかわかならかったので、事実かどうかはわかんねーのである。

まあ、そんなことはともかく、八幡神(やはたのかみ、はちまんじん)は、日本で信仰される神で、清和源氏をはじめ全国の武士から武運の神(武神)「弓矢八幡」として崇敬を集めたのである。

誉田別命(ほんだわけのみこと)とも呼ばれ、応神天皇と同一とされ、神仏習合時代には八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)とも呼ばれたのであるのである。

八幡神社の総本社は大分県宇佐市の宇佐神宮(宇佐八幡宮)で、元々は宇佐地方一円にいた大神氏の氏神であったと考えられるとゆーことあるのである。

八幡神は農耕神あるいは海の神とされるが、柳田國男センセーは鍛冶の神ではないかとご考察されているつーことであるのであるが、柳田さんも八幡神さんに直接聞いたわけではなかろうから、そこんところはあくまでも柳田センセーのご研究によるご推察であるわけである。

富岡八幡宮のご利益は、受験合格・学業成就・必勝・開運・除災招福・商売繁盛などであるそーであるが、まあ、古来より武士の信仰を集めたことでもわかるように、要するに勝負事がけっこういける神さんであるつーことであるわけである。

また、本殿裏にある御神木の対になっているイチョウの木は恋愛運アップのパワースポットてな都市伝説もあるのであるが、もちろん本来のパワースポットは八幡大神が鎮座する本殿拝殿であるのはいうまでもないことであるので、残念ながらご神木は収録されてないので、どーしてもご神木に抱きついて神気を頂きたいとゆーエナジーマニアは実際に足を運んでじっくりと抱きついてあらうふんと堪能していただきたい。

それでまあ、兎にも角にも絶好調で歩を進め本殿前に到着すると、厳粛な雅楽の奏上とともに八幡大神の肝魂溢れる霊気神気の波動振動があたしの体内の霊魂魂魄を揺さぶり、その勁烈たること言い表し難く、謹んでここにご報告申し上げる次第であるのである。

それをこの動画から受ける受けないもあなたの心の持ちようひとつであるのは言わずもがなのことであるのである。

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