霊能気功家象師匠が日本中の霊氣神氣を集めるべく占術を駆使して造られた空間を霊視で巡るスピリチュアル巡礼ツアーである。宇宙の創造主の神意を賜り、魂の浄化を体現し、その清浄な氣によって運命運勢運気を上昇に導くのである。
2013年9月19日木曜日
観音崎海水浴場で水垢離神事
羊水とほぼ同じ主要元素の成分構成である海は人間の根源であるのである。
海に浸かるとDNAの根源が調整されるのである。
海の波は人間の根源の波動であるのである。
つーことで、あたしは今年の夏も海に浸かって、あたしの日頃のでたらめな生活で濁ったどろどろの体内の陰陽を調整しようと思っていたのであるが、忙しさにかまけて9月の半ばになってしまったのである。
しかし、海水浴はあたしの神事であるので、なんとしても海の波動を体内に受けんと欲して、台風一過の9月17日に、「まあ、時期も時期だし、ここはひとつ神事であるから観音様のおわす観音崎で水垢離をいたそうではありませんか」つーよーな、神事と仏事を混同したわけのわからん思いつきで、お車を疾駆してはるばる三浦半島突端の観音崎海水浴場までご来駕遊ばしたのである。
前日は日本中に大雨を降らせた大型台風で、福井や京都やあちこちに被害が出たのであるが、あたしが行くとなったらからりと晴れた大晴天で、象師匠の霊力はいかばかりかつーよーな、ううむ、なんだ、頭が曇天であるのである。
まあ、なんでもいいが、世界広しといえど、海水浴場で霊気神気を体内に取り込もうてなことを大まじめにやるのはあたしだけかもしれないのである。
それで、昨夜は東京周辺はこの夏以来の最低気温で、15度なんて地域もあるぐらいで、昼になっても、海岸は昨日の台風の余波なのか風もぴゅーぴゅーで、とても泳げたもんじゃないし、もちろん、だーれも泳いでいないのである。
まあ、真冬の水垢離と思えばなんてこともない水温であるのであるが、海水浴場の砂浜には台風で打ち上げられた海藻が大量に溜まっていて、さらに、ガラスの破片も大量に散らばっていて、大変危険な状態であるのである。
てなことで、海水浴場水垢離神事修祓はやむなく取りやめとあいなって、半ズボンをたくしあげて足だけ神事を敢行して、神ならびに観音菩薩へのチャネリングとしたのである。
まあ、それでも、体内のDNAはお喜び遊ばして、あたしの波動はいやがうえにも高まり、観音崎一帯を浄化すること夥しく、霊能者としてのお役目を滞り無く務め上げたわけである。
まあ、簡単に言うと放鬆(ほうしょう)であるのである。
放鬆つーのは、つまり、神とつながることであるのである。
自分と宇宙との境目がなくなるつーことであるのである。
脳の機能でいうと、右脳が活性化するつーことでもあるのである。
海に入ると、身体が太古原始生命発祥の昔に戻り、左脳の支配から一瞬ではあるが抜け出せるのである。
なるほどね。
スピリチュアル 精神世界
2013年8月21日水曜日
横浜中華街関帝廟
横浜中華街にある関帝廟(かんていびょう)であるのである。
この関帝廟は横浜中華街の関帝廟通りにあるのである。
そのまんまであるのである。
もちろん関帝廟通りにあるから関帝廟つーことではなく、関帝廟がある通りだから鑑定病通りであるのは想像に難くないのである。
ぷぷぷ、誰だ!笑ってるのは、ああ、あたしだ。
関帝廟は、関帝(関羽・関聖帝君・関帝聖君)を祀る廟(びょう:死者、特に祖先の霊をまつる所・たまや。神の祠)で、孔子を祀る孔子廟(文廟)に対比させて、武廟(ぶびょう)とも呼ぶ場合もあるつーことであるのである。
まあ、日本でいうところの神社であるわけである。
関帝廟の本殿は中央に関羽を祭り、右側に小説「三国志演義」で養子の関平(史実では実子)、左側に同じく「演義」に登場する配下の武将周倉の二神をそれぞれ祭っているつーことであるが、あたしは横山センセーの漫画の三国志で三国志を学んだのでさっぱり内容を覚えてないので、誰が誰だかさっぱりわからんのであるのである。
関羽は、信義や義侠心に厚い武将として名高くまた「演義」での普浄の逸話などから、民衆によって様々な伝承や信仰が産まれ、信仰を高め、また後の王朝によって神格化されて行くこととなり、その関羽を祭った祠(ほこら)が関帝廟の始まりであるつーことであるのであるが、。
また、関羽は、塩湖で知られた解県の出身である為、塩の密売に関わっていたという民間伝承があり、義に厚いとされる事から商売の神として祭られ、この事に起因して、そろばんの発明をしたという俗説まで生まれたつーことであるが、なにしろ俗説であるので、その真偽についてあれこれ論断しても始まらないのでとくに食いつかないのはゆーまでもないことであるのである。
この、商売の神つーよーなバミリ立ち位置から、華僑が世界中に散らばっていったときに、商売が繁盛する様にと、その居住区に関帝廟を立てたため世界中の中華街などで関帝廟を見ることが出来るつーことであるが、あたしはこの横浜中華街の関帝廟以外にはお越しになったことがないので、そのへんについてはむにゃむにゃとあいまいに言葉を濁してスルーするわけである。
いつものことで無意味に言葉を羅列してると思われると、神のお告げ霊界通信チャネリングをナリワイお仕事家業任務お役目とするあたしとしては大変心外であるので、ここでひとつはっきりと神のお告げ啓示神示をお伝えして失地回復の英断に出るのである。
くるまらめらほと、ほれまりくるりれ、にぎみたまあらたまからたまあそこのたまたま、ていてい。
ううむ、さすがに黄泉の国からの元締めの御言葉だけに意味がさっぱりわやくちゃであるのであるていてい。
まあ、象師匠はあたまがおかしいと思われる向きもあるかもしれないのであるが、いずれにしても神のお告げ啓示神示てなものはあたまのおかしい皆さんのたわごとであるので、まじめに読んでる人がいたらごめんねごめんねこれすべて何もかもあたしに憑いてる悪霊のせいなんだからあたしのせいじゃないもんねーていてい。
しまいにはバチ当たるので、一般の霊障タタリノロイ狐憑きカンダーリに弱いしろーとのよゐこの皆さんはまねしちゃいけませんよー。
そんなものはないなんて高をくくってる人は、ためしに神社のお守り売り場の前の巫女さんの前でたちしょんしてごらんなさい。
たちどころにけーさつに通報されて、おまーりさんにものすごく怒られること請け合いで、悪くすると住所氏名年齢付きで新聞ネタになったり、ワイドショーの事件再現ビデオで笑いものになるのである。
これぞ神のたたりと言わずになんとゆーのか、まあ、見方を変えると馬鹿丸出しといってしまえばそれまでであるが、ううう、落とし所が不明になってしまったのでこのへんで閑話休題、中華街大通りから中山路てな路地に入って、関帝廟に向かって象気功神霊心霊動画班ロケ隊はカメラと音声をオンにして撮影を敢行したわけである。
それで、まあ、関帝廟に、無事、ご到着遊ばしてみると、だいぶ前に来た時とはかなり違っていて、綺麗に整備されて、入り口の山門をくぐると供物売り場みたいなもんができていて、拝殿前の階段もきれいに整備されて、入り口出口てなもんもあって、以前は無料で入れた関帝廟の中が拝観料みたいなもんを払わんと入れなくなっていて、拝殿の中は中国の皆さんが真剣にご祈祷なされていて、あたしみたいな神も仏もない一般霊能者の立ち入る場所ではないことがよーくわかって、お外から参拝申し上げたのである。
でも、以前は全体がもっとオープンで気軽に中に入れて、お守り売り場のおばさんに進められて、木製のコマを床に投げて占うなんとか占いをしたのであるが、まあ、これだけ整備されたわけであるから、その費用を工面するためにもいろいろと細かくご商売禿げむのは当然至極であるのは自明の理であるので、あたたかい目で見守っていただきたいとゆーことでひとつお願いしますよ、って、誰にお願いしてるのか定かで無いのも自明の理であるのである。
それで、まあ、定番の霊気神気の波動であるが、これ、やっぱり参拝客が主にちゅーごくの皆さんのせいか、日本の神社仏閣のそれとは一線を画す、なんとも言い表しようのない賑やかな振動であるのである。
もちろん、タイの寺院祠ともぜんぜんちがうのである。
これが実に不思議であるが、国民性なのか、地霊の影響なのか、祀られた神霊の影響なのか、まあ、なんだ、いずれにしても、この世自体が脳の創りだした幻想幻影であるのであるから、そこはそれ、あたしの脳がその波動振動を作り出し、それをあたしが捉えているというアラドクスであるつーことかもしれないのであるてなことを思いながら、とにかくうちの会社もご商売であることにはかわりないので、商売繁盛にご利益があるかもしれないのである。
まあ、その霊気神気の波動振動がなんによるものであれ、あなたにそれを捉える感性感覚がなければ千金もただの錆鉄となるのは必定であるのである。
スピリチュアル 精神世界
2013年7月22日月曜日
川崎大師平間寺
平間寺(へいけんじ)は神奈川県川崎市にある真言宗智山派の大本山で、川崎大師(かわさきだいし)の通称で知られる寺院であるのである。
山号は金剛山で院号は金乗院(きんじょういん)であるのである。
なにしろ川崎大師と言い張るだけに、当山に奉安する御本尊は、弘法大師空海上人の御尊像であるのである。
高尾山薬王院、成田山新勝寺とともに関東三本山のひとつである。
へー、高尾山薬王院つーのはけっこうなお寺さんであったのね。
まあ、人気の高尾山のお気楽なハイキングコースにあるので、お気楽なお寺かと思うと、そーではなくて、関東三大本山てなごりっぱな寺院であったわけであるが、まあ、だからなんだといわれるとお答えのしようもないので、まあ、なんだ、あのね、そのね、ううう、詰まってしまった。
尊賢(そんけん)を開山とし、平間兼乗(ひらま かねのり)を開基とするのであるのである。
尊賢(1345-1416)は南北朝-室町時代の僧であるが、平間兼乗についてはいろいろ逸話があって、めんどくさいので、各自調査の上「あー、なるほど、こんな人だったのね」とお楽しみいただきたいのである。
1813年(文化10年)に徳川幕府第11代将軍、家斉が厄除に訪れた事から厄除け大師として広まり、毎年の正月には初詣の参拝客で大変な賑わいとなり、2006年の初詣客は272万人となり、全国3位、神奈川県1位を記録したのであるのである。
まあ、あたしも子供の頃に何度か、この川崎大師に初詣に行ったことがあるのであるが、そらもうすんごい人出で、この動画の冒頭の門前町仲見世の参道は押すな押すなの満員電車状態で、本堂にはおまわりさんが何人も張り付いて、遠くからどんどんお賽銭を投げるのでそれが床に落ちて、その床に落ちたお賽銭をパクろうとしたりする不心得なやからを見張ったりしてたのである。
とんとこ飴のとんとことんとこの包丁の音はその頃も快調にとんとことんとこ響いて、実に心もうきうきあそこもむきむきだったのであるが、そのとんとことんとこはこの日も健在で、仲見世参道入口では左右両サイドの店が対抗でとんとことんとこであるのであるが、仲見世の途中のとんとこ飴の飴屋さんはまだ午前中であったせいかやる気がないのか、とん、とこ、ぐらいの低調なとんとこで、手抜き丸出しで川崎大師の仲見世のとんとこ飴の名折れであるのであるとんとことんとこ。
当寺への参詣客を輸送する目的で1899年1月21日(初大師の縁日)に開業した大師電気鉄道は、現在の京浜急行電鉄の基となったつーことであるが、この日もJR川崎駅から京急川崎駅までとんとこ歩いてお電車でお越しなったのである。
この日は全国風鈴市であったので、人出も大変なもので、大門では猿回しのおねーさんがお猿さんをみごとにあやつってご商売にせいを出しておられらて、大人気であったのである。
本堂に参拝すると人出の気の波動も相まって、怒涛の律動振動バイブレーションで、あたしの全身60兆の細胞の振動は素粒子レベルで須弥山の彼方へ飛翔するのであるのである。
何を言ってるのかあたしにだってわからんが、とにかくこのお寺さんに行くと元気になるのである。
しかし、心がけによっては元気にならない場合もあるので、あなたの心を正して正々堂々公明正大に真正面から疾風怒濤の振動波動を丹田に受け止めなければならないのである。
スピリチュアル 精神世界
2013年6月15日土曜日
宝登山神社
宝登山神社(ほどさんじんじゃ)は、埼玉県秩父郡長瀞町の宝登山山麓にある神社であるのである。
祭神は、神日本磐余彦尊 (かんやまといわれひこのみこと、神武天皇)、大山祗神 (おおやまづみのかみ)、火産霊神 (ほむすびのかみ)の三柱であるのである。
社伝によれば、創建は景行天皇41年(111年)であるのである。
旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社であるのである。
別表神社(べっぴょうじんじゃ)とは、神社本庁が定めた、神社本庁が包括している一部の神社のことである。
昭和21年(1946年)2月2日の神社の国家管理の廃止に伴い、公的な社格の制度(近代社格制度)が廃止されたため、それに代わるものとして昭和23年(1948年)に定められたつーことである。
社格制度廃止後は、伊勢神宮を除き、全ての神社は対等の立場であるとされたのであるが、旧の官国幣社や一部の規模の大きな神社については、神職の進退等に関して一般神社と同じ扱いをするとあれこれ不都合があることから、「役職員進退に関する規程」において、特別な扱いをすることと定めているのである。
その対象となる神社が同規程の別表に記載されていることから、「別表に掲げる神社」(別表神社)と呼ばれるのであるつーことであるのであるが、まあ、そんなことであるのであるつーことでご理解いただければ幸いと存ずるのである。
秩父神社・三峯神社とともに秩父三社のひとつであるのである、
宝登山山頂には奥宮が鎮座するのであるが、時間の都合で奥宮には行かなかったのであるのである。
社伝によれば、景行天皇41年(111年)、天皇の皇子・日本武尊による東征の際、尊が遥拝しようと山頂に向っていると巨犬が出てきて道案内をした。
その途中、東北方より猛火の燃えて来るのに遭い、尊の進むことも退くこともできない状態になってしまった。
すると巨犬が猛然と火中に飛び込み火を消し止め、尊は無事頂上へ登り遥拝することができたのである。
尊は巨犬に大いに感謝したところ、巨犬はなも名乗らずに背を向けて、忽然と姿を消したのである。
このことから「火止山」の名が起き、のちに「宝登山」となったつーことであるのである。
巨犬は大山祇神の神犬であった事を知り、防火守護のため火産霊神を拝し、その後山麓に社殿を建て三神を鎮祭したのであるのである。
これが当社の起源であるとされるつーことであるのである。
2011年5月に発行の「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン(フランス語版第2版)」において、1つ星に選定されたつーことであるが、ううむ、これについてはなんともいえないところであるのであるが、その理由については深く突っ込むと差し障りが多すぎてナニであるのであるので、大人の采配でうやむやにしておくのである。
秩父鉄道秩父本線の長瀞駅から徒歩で約8分つー好立地にあるのであるが、あたしは不動産屋ではないのである。
あたしはお車でご来臨の運びとなったのであるが、大きな駐車場もあるので、送るまでお越しの方も安心であるのである。
駐車場の前にはお土産屋さんもあって、甘酒やおコーヒーなんかもお召し上がりになれるのである。
これが意外や意外の大きな神社で、神社マニアには境内社もいろいろあって、お楽しみ満載であるのである。
本殿の裏には「大和武尊みそぎの泉」てなものもあるのであるが、塀を乗り越えて水浴びしたりしてるのを見つかると、当然、通報されておおもめになるので、水垢離マニアの人は止むに止まれぬ欲求をじっとこらえて我慢しないといけないのである。
つーことで、宝登山山麓周囲の森林樹木の気も相まって、大和武尊の禊水垢離以来の神気の蓄積はさすがに厚みがあり、じっくりと味わえばそこかしこに波動がしみこんで、あなたの気道はいやがうえに開き、人体60兆の細胞の活性化をこよなく賞味できるのである。
スピリチュアル 精神世界
2013年6月7日金曜日
聖神社(銭神様)
金運ご利益の銭神様が鎮座する聖神社であるのである。
聖神社(ひじりじんじゃ)は、埼玉県秩父市黒谷に鎮座する神社である。
秩父盆地の中央部やや北寄りに聳える簑山から南西にかけて延びた支脈である和銅山山麓に鎮座し、簑山を水源とする川が流下する社前は和銅沢(旧称銅洗沢)と称されているのである。
慶雲5年(708年)に自然銅が発見され、和銅改元と和同開珎鋳造の契機となった神社とされたのである。
社格は旧村社であるのである。
祭神は金山彦命、国常立尊、大日孁貴尊(天照大神)、神日本磐余彦命(神武天皇)の4柱に元明金命(げんめいこがねのみこと。元明天皇)を合祀しているのであるのである。
和同開珎ゆかりの神社てなことから「銭神様」とも呼ばれ、金運隆昌の利益にあやかろーつーよーな参拝者も多いのであるが、もちろんあたしもその一人であるのは当然であるのである。
本堂の横には和同開珎のどでかい作りもんがあって、一見ものすごくインチキ臭い神社であるのであるが、ところがこれが、とんでもなく由緒正しい神社で、創建は社伝によれば和銅元年(708年)つーことであるから、これ、1300年以上になんなんとする歴史を記憶した神気の波動であるのである。
本殿の左には掲示板があり、宝くじに当たった皆さんの感謝のお言葉が何百と数知れず貼ってあるのである。
さすがは銭神様と言い張るだけにその御利益はなみなみならぬ威力があるつーことであるわけである。
あー、ありがたやありがたや、これで、あたしも一攫千金、左うちわの悠々自適大富豪になれること必定であるのである。
つーことは、あたしも宝くじに当たるのは神のお約束つーことで高額当選したらば、感謝のお言葉を貼りに来なければならないわけであるかもしれないのであるが、行かないとバチが当たるてなことはどこにも書いてないので、どーしたもんかとお悩みになるわけである。
しかし、当たるか当たらないかわからないもんを真剣に悩んでも意味がないじゃねーか言われればごもっともであるが、ネタがないのでいろいろこれでも苦労なされているわけである。
まあ、とにもかくにも金運財運に恵まれるご利益満載の神社であるので、あだやおろそかに動画を見てはいけいないのはゆーまでもないことであるので、あなたの身体魂魄の全エネルギーを集中して、この金運は波動を余すところなく受けて、DNAのスイッチをポンと入れて、今後の黄金人生の出発点としていただきたい。
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