霊能気功家象師匠が日本中の霊氣神氣を集めるべく占術を駆使して造られた空間を霊視で巡るスピリチュアル巡礼ツアーである。宇宙の創造主の神意を賜り、魂の浄化を体現し、その清浄な氣によって運命運勢運気を上昇に導くのである。
2016年10月25日火曜日
御岩屋祖師堂(伊東市川奈)
御岩屋祖師堂は神奈川県伊東市川奈にある日蓮上人ゆかりの岩屋を祀ったお堂である。
御岩屋祖師堂は入り口に鍵がかかっているわけでもなく、開けても誰もいないので、お暇な人はごゆっくりとご見学できるのである。
まあ、あたしがお参りしたときはたまたま無人であったのかもしれないのであるが、どこからか話し声も聞こえてくるので、普段は堂内にどなたかがおられるのかもしれないということも一応申し上げておくのである。
堂内には、日蓮上人とこの岩屋のゆかりについて説明している額入りの絵が掛けてあるのである。
立正安国論を言い張ったために、ときの幕府に睨まれて、伊豆の法難てなことでとっつかまって島流しになる際に、俎岩(まないたいわ)に置き去りにされた日蓮さんを漁師さんが助けて、この岩屋にかくまったつーことである。
分かりやすくすればするほど不遜な文章になるわけであるが、あたしはべつに日蓮さんが好きでもなけりゃ嫌いでもないのである。
まあ、あたしらネット芸人の感覚からすると、観客から好きでもなけりゃ嫌いでもないと言われるのが最悪であるわけであるが、日蓮さんは芸人ではないので、そんなことはどーでもいいわけである。
とにもかくにも、日蓮上人の像が奥に祀られているので、南無妙法蓮華経と三回唱えて帰ったのである。
なんでも拝んどけ拝んどけである。
どれが当たるか分からないのが世の中である。
川奈は小さな漁港であるが、神社仏閣もいくつかあって、あたしら霊氣神氣マニアにとっては、お楽しみもつきないあれこれである。
なむなむ。
スピリチュアル 精神世界
2016年10月17日月曜日
海蔵寺(伊東市川奈)
海蔵寺(かいぞうじ)は静岡県伊東市川奈にある曹洞宗の寺院である。
正式名称は龍穏山海蔵禅寺(りゅうおんざんかいぞうぜんじ)である。
ご本尊は曹洞宗であるから、釈迦牟尼仏とともに、道元禅師(どうげんぜんじ)瑩山禅師(けいざんぜんじ)を一仏両祖(いちぶつりょうそ)てなことである。
まあ、それで、川奈の海辺に近い立地であるので、大地震のたびにつなみが境内に近くまで押し寄せたということで、石段の入り口から右側に、安政元年の安政東海地震、大正十二年の関東大震災、元禄十六年の元禄大地震のつなみ浸水点という石柱があるのである。
関東大震災が当時の東京に甚大な被害をもたらしているので、それが最も大きな地震かと思うと、さらに元禄大地震のつなみの方が高いのである。
まあ、震源地の問題もあるので、一概には言えないのであるが、そんなことである。
なかなか分かりやすいお楽しみであるが、ううむ、これ、いったいどーしたらいいんだ。
たいした興味もないので、話がまったくひろがる気配もないのであるが、まあ、なんとかもう少し尺を埋めないことにはとれ高OKが出ないのである。
まあ、なんだ、このところ天気も良くて、すっかり秋だね~。
秋といえば、あちこちの紅葉もそろそろ見ごろで、旅行にはいい季節ですよね~。
えーと、困ったね。
終わり。
ねんでやねん。
一応ツッコミを入れるのかいっ。
さいでんな。
ううう、ごめん。
スピリチュアル 精神世界
2016年9月27日火曜日
川奈三島神社
伊豆半島の伊東市川奈868に鎮座する川奈三島神社である。
川奈三島神社は伊豆の三嶋大社と頼朝由来の関係の神社である。
祭神は大山祇神と事代主神である。
創建は文治年間(1185年~1189年)と言い張っておられるので、800有余年の歴史があるわけである。
とにもかくにも、大変に由緒のある神社であるわけであるので、心して石段を登り、心して参拝しなkればならないのである。
まあ、霊能者としての修行修祓の都合上、全国の霊氣神氣をもとめて、あちこちを徘徊彷徨してお楽しみなるわけであるが、神宮・大社といった大手の豪快な氣の波動はもとより、このような地元の氏子の信仰に支えられた神社のまったりとした氣もなかなかこれ、味わい深いものがあってよろしいのである。
神社仏閣の氣の波動は、参拝者や関係者の思いの集積の波動である。
思いは、本人の意識があるないに関わらず、脳が勝手にそこに波動を送るのである。
これが神仏の存在となり、霊の存在ともなるわけである。
しいては、この世を存在させているということになるわけである。
スピリチュアル 精神世界
2016年6月25日土曜日
タイのアユタヤ歴史公園のワット・プラ・シー・サンペットを歩く
アユタヤ歴史公園はタイの中部アユタヤを中心に展開したタイ族によるアユタヤ王朝(1351年-1767年)の遺跡群で、周辺の遺跡とともにユネスコの世界文化遺産に「古都アユタヤ」の名前で登録されているのである。
日本でタイのアユタヤといえば、このアユタヤ歴史公園の光景である。
さらにアユタヤのイメージといえば、この仏教寺院ワット・プラ・シー・サンペットの3つのパゴダ(仏塔)である。
歴史公園は広いので周囲のいくつもの寺院を含むのであるが、このワット・プラ・シー・サンペットのパゴダが日本のテレビ番組で頻繁に紹介されるので、アユタヤといえばこのバゴダのイメージであるわけである。
まあ、なにしろ700年前の遺跡であるので、風化してこんなに劣化してるのかというと、そーではないのである。
当時は隣国のビルマから盛んに責め立てられて、アユタヤの仏教寺院などが徹底的に破壊されてしまったのである。
中にはワット・パナン・チューンのように難を逃れて現在も700年前の姿を残す希少な寺院もあるが、ワット・プラ・シー・サンペットは残念ながら廃墟と化してしまったのである。
この写真は、後ろのパゴダとかぶって何が何やらわからんとは思うが、仏陀の像である。
寺院内には仏陀の像が数多く存在していたのであるが、ことごとく破壊されて、ほとんどが、その原型すら留めていないのである。
敬虔な釈迦派の仏教徒であるあたしとしては実に残念なことであるが、まあ、それもこれも、この世はなるようにしかならないということの釈迦のお導きであるわけである。
ワット・プラ・シー・サンペットの遺跡をご見学するには入り口横の建物で50バーツの入場券を買って、門の左側でパイプ椅子に座ったおじさんに見せるのである。
そのおじさんの左隣に座っているのは物売りのおばさんである。
その左隣に立っているのも物売りのおじさんである。
日本人とわかるとあれこれ物売り攻撃をしてくるので、観光の楽しさが半減してがっかりする人もおられるのであるが、どういうわけかあたしには攻撃してこないので、逆にその楽しみがないのである。
遺跡によっては子供も含めたご家族総出でご商売に勤しんでおられるのである。
まあ、けっこうなものを見せていただいたお礼と日タイ友好の一助として、お愛想に何かひとつお買い上げになられてもよろしいのであるが、荷物になるので帰りがけがよろしいかもしれないのである。
入り口の周囲には路上に店を広げてるおじさんやおばさんがおられて、主に竹で編んだカラフルなうちわを20バーツで売ってるのである。
タイの700百年前の面影をそこかしこに拝見して悠久の思いに目頭にはうっすらと嘘泣きの涙を浮かべつつ、あたしの物見遊山の人生は今日も水のごとくてきとーに流されてその場の成り行きで生きて行くのである。
ありがたいありがたい、なむなむ。
てなことでひとつお願いしますよ。
スピリチュアル 精神世界
2016年6月23日木曜日
タイ・アユタヤ遺跡のワット・ヤイ・チャイ・モンコンのパゴダに登る
タイランド王国の世界遺産のアユタヤ遺跡のワット・ヤイ・チャイ・モンコンの中でもひときわ高くそびえ立つ72mのパゴダいわゆる仏塔に登ったのである。
この寺院は1357年にアユタヤを建都した初代ウートン王がセイロン(現スリランカ)に留学中の修行僧たちの瞑想のために建てたもので、別名を「ワット・プラ・チャオプラヤータイ」というのであるつーことである。
てなことでこの仏塔はいわゆるセイロン風であるから、プラ・チェディーという呼び名がよろしいのかもしれないのであるが、タイの知人が仏塔をすべからくパゴダとおっしゃってるのでパゴダつーことでお願いしたいわけである。
このパゴダがなにしろ1592年にビルマ軍に勝利した記念の遺跡であるので、階段は狭くてボロボロのデコボコで、とんでもない急坂で、あぶないったらありゃしないのである。
まあ、登るときも大変であるが、これが、降りるとなると足腰強靭体力自慢が売り物のあたしでも、うっかりしてると踏み外して落っこちるのである。
そこを4歳ぐらいのお子様を連れたタイ人のお母さんが登ったりしてるので、この人達の危険の感覚はいったいどうなってるのかと大きなお世話をしてしまうぐらい危険である。
どう考えても年に何回かは落ちている人がいるとは思うが、特にニュースになってる様子もないので、危険すぎて慎重になるので落ちる人がおられないのかもしれないのである。
それで、階段の最上階のお堂に着くといわゆる賽銭箱のようなものがあって、そこに小銭を投げ入れると十数メートル下の底にチャリンチャリンと落ちるのである。
真ん中に入るとラッキーということであるが、どーでもいいのは言うまでもないことである。
さらにパゴダの周囲に回廊が巡らされていて、上から絶景をぐるぐるとご見学できるのである。
足腰脚力に自信のある向きは、アユタヤにお越しの際には是非とも登ってお楽しみ頂きたいと思うが、降りるときは手すりにしがみついて一段一段慎重に降りないと、アタマからゴロゴロと転落する可能性は充分にあるということと、普段運動をしていない人はひどい筋肉痛に見舞われる可能性が充分にあるということを一言申し添えておくのである。
ワット・ヤイ・チャイ・モンコンの涅槃仏である。
ごろりと横になったお釈迦様のお姿である。
このお姿でご臨終になったてなことであるが、まあ、お釈迦さんは晩年に胃が悪かったてな話もあるので、胃弱の人の常で消化を助けるために右を横にして寝ておられるお姿かもしれないのであるが、涅槃からは遠くなってしまうので、やはりご入定のお姿ということにした方が無難である。
タイのお坊さんのお話によると、お釈迦さんのご臨終の際のお弟子さんに向けたお言葉は「こだわらずに、世間に合わせて生きて行きなさいね」てなことであったそーであるので、まあ、てきとー明るく楽しく生きていけばいいわけである。
ごもっともである。
まあ、なんである、タイに長い間住みながらバンコク周辺をうろうろするだけで、いわゆるタイの観光地をご拝見してなかったので、今回は実にけっこうな風景情景をご鑑賞できてこれ幸いの日々である。
ありがたいありがたい、なむなむ。
一応拝んどくのである。
一応かよ。
スピリチュアル 精神世界
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