2015年1月5日月曜日

安養院(鎌倉市)



安養院(あんよういん)は、神奈川県鎌倉市大町にある浄土宗の寺院で、山号は祇園山である。

本尊は阿弥陀如来で、本堂内には寺の本尊の阿弥陀如来坐像(室町時代)の背後に札所本尊の千手観音立像(江戸時代)を安置するのである。

つーことで安養院は坂東三十三箇所・鎌倉三十三箇所第3番札所であるのであるが、興味がまったく無いのでなんのことかまったくわからんのである。

寺号は長楽寺であるが、長楽寺は安養院の前身寺院で、1333年(元弘元年)兵火により焼失し、大町にあった善導寺に統合され安養院長楽寺と号したのである。

なお、安養院は政子の法号から取られたものである。

また、1192年(建久3年)田代信綱が尊乗を開山として比企ヶ谷(ひきがやつ)に建立したのに始まると伝えられる田代寺が江戸時代になって安養院に統合され、本堂の本尊阿弥陀如来坐像の後ろにある千手観音は田代寺にあったものであることから田代観音とも称されているのである。

ううむ、なんだな、神も仏もないあたしが神社や寺をぐるぐる回ってカメラをぐるぐる回してるのも、ひとつには神のお思し召しであろうし、ひとつには仏縁であるのである。

だからといって悔い改める兆しはさらさらないし、帰依する気配も皆無であるのである。

それでもやっぱり正月元旦は、鎌倉のあちこちの神社仏閣を巡って賽銭を投げ込んで、心にもないことを口走って、そのあと小町通りの店で食ったり飲んだりしてお楽しみなるのが毎年の恒例になってしまったのである。

てなことで、その元旦鎌倉初詣も有名ドコロは抑えてしまったので、だんだんそーでもないところを観光マップで調べたりして、ご参拝の運びと成る次第になったのである。

それで、鎌倉駅からてくてくお歩きになって、別願寺てなお寺に行ったら、墓地とふつーの民家みたいなものがあるだけで、どこが本堂なのかわからんので、さすがにカメラは回さなかったのである。

別願寺から道路を挟んで向かいに上行寺てなお寺があったのであるが、ううむこれはいかん、つーよーなご利益売り込みの張り紙が大量に張ってあるので、一応、回したのであるが、オクラ入りとなってしまったので、興味のある方は鎌倉に足をお運びになってなにがううむいかんなのか確かめてお楽しみに頂きたいのである。

安養院はううむいかんというような張り紙はないので、ぐるぐる回したのであるが、山門の真ん中に拝観料が100円と書いた箱があるのである。

これを無視するともちろん仏罰が当たるので、撮影後にお賽銭と拝観料を致し方なく払ったので、200円の出費となったのである。

仏様に対して致し方なくはねーだろ。

なむあみだむなむあみだぶ。

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2015年1月4日日曜日

大巧寺(おんめさま)



大巧寺(だいぎょうじ)は、神奈川県鎌倉市小町にある日蓮宗系の単立寺院である。

特定の檀家を持たず、安産祈願を行う寺として知られているのである。

また、現在は単立寺院であるため本山を持たないわけであるが、旧本山は、鎌倉市大町にある比企谷妙本寺である。

大巧寺はもともと大行寺(だいぎょうじ)と称する真言宗の寺院で、当初は鎌倉市十二所の梶原景時の屋敷内にあったのである。

創建年や開山などは不明であるが、源頼朝の祈願所とされた事から、鎌倉時代初期頃までには創建されていたと推測されるつーことであるのである。

この寺で頼朝が軍議を行った結果、大勝利を収めたため、頼朝の命により「大巧寺」という名称に改名したのであるが、呼び名はそのまま「だいぎょうじ」となったわけである。。

まあ、詳しい経緯は不明であるが、文永11年(1274年)、大乗坊日澄により日蓮宗に改宗し、これに基づき現在では開山を日澄としているのである。

この大乗坊日澄は、鎌倉時代中期から後期にかけての日興門流の僧である寂仙房日澄(1261年-1310年)とは別人である。

その後、元応2年(1320年)2月に現在の鎌倉市小町へ移転したのであるつーことである。

天文元年(1532年)、五世住職の日棟が難産で死んだ女の霊を成仏させるという伝承が生まれ、この伝承が広まって以降、安産祈願に霊験のある寺として知られるようになったつーことである。

現在では大巧寺は別名「おんめさま」と呼ばれ、安産祈願の寺として知られているのである。

「おんめさま」とは「お産女様」(おうめさま)が訛った言葉で、境内に祀られている「産女霊神(うぶめれいしん)」を指すのである。

まあ、てなことであるが、大巧寺は鎌倉駅を出てすぐの好立地にあるため大人気の寺院であるつーことである。

しかし、このロケを行った日は、正月元旦であったので、ものすごい数の初詣の大群衆の皆さんは鎌倉駅を降りると一目散に段葛から鶴岡八幡宮にご参拝なされるので、大巧寺境内には人っ子一人だーれもいないのである。

大群衆の皆さんは鶴岡八幡宮参拝が終わると小町通りを通って鎌倉駅にご参集なされてご帰宅なされるので、やっぱり大巧寺にはだーれも来ないわけである。

これでは檀家を持たない大巧寺の経済状態はいかがなものかとご心配申し上げるわけであるが、もちろん大きなお世話であるのである。

まあ、つまり、初詣よりも安産祈願で日々ご参拝ご祈願のあれこれがあれこれするので、境内の様子を見てみるとそれなりにあれこれしているわけであるとご推察申し上げるわけであるが、ご住職に「ほんとのところはどーなんでしょーか」とお聞きしたわけではないので、全く定かで無いのは論を俟たないところであるのである。

これから、ご家族ご親族にご出産のご予定のある信者の皆様方には、大巧寺にご参拝なされておうめさまのご利益を心ゆくまでご堪能なされることを心より祈念いたしまして新年のご挨拶といたしたいのである。

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2014年11月11日火曜日

カオタキアップ寺(タイ・ホアヒン)



タイのホアヒンにあるカオタキアップ寺である。

とんでもない急な石段である。

神社仏閣のご利益はなんといっても石段昇降であるが、いくらなんでも急すぎるのである。

お年寄りや心臓の悪い方には無理難題な角度と段数であるが、まあ、休み休み登れば体力のない人でも登れないことはないのである。

それでも、はるか上にある本堂を階段の下から見上げてギブアップするのか、下の門前町の商店街にある礼拝所で参拝をお済ませになるタイ人の皆さんも多々おられるのである。



しかし、この程度の石段で根を上げていては、神社仏閣参拝をなりわいとする不肖象師匠の名折れになってあそこも中折れでがっかりされるのである。

いきなりしもねたかよとゆー平仮名だけの声をさらりと横に受け流して、石段を上がって途中で下の景色を見渡すと、「ああ、登ってよかった、山登りの醍醐味はやっぱりこれだ、エベレスト征服もかくありなん」と支離滅裂な感想を抱きつつ、頂上の寺院本堂にたどり着くと、本堂内では体力自慢の皆さんが元気に参拝なされているのである。

境内には飲食店もあって、欧米人の観光客がなにやら焼き物をご見学になっているのであるが、べつにあたしは腹がへってないのでご見学にはならなかったのである。

タイの寺院は仏教本来の人間としてのお釈迦さんの教えに帰依するわけであるので、あたしもお釈迦さんの教えにこれでもかと帰依して、ああ、ありがたいありがたいと心にもないことを言霊に乗せてなむなむしたのである。

寺院であるから、なむなむで間違いはないのである。

南無(ナム)とは、サンスクリット語のナマス(namas)およびナモー(namo)の音写で、敬意 、尊敬、崇敬をあらわす感嘆詞で、一般に帰依の同義語として使われるつーことであるのである。

たまにはいいことも言うのであるが、あたしは神社でもじーざすさんの教会でもなむなむするので、しまいにはバチが当たって無間地獄に堕ちるのである。

でも、お釈迦さんは無間地獄なんてとんちきなことはおっしゃってないのである。

あたしは先祖の行きがかりから某宗護寺会役員を務める敬虔なる仏教徒であるので、どこでもなむなむで済ませるわけである。

そんなに面白くならないので、このへんでお開きであるのである。

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2014年10月21日火曜日

八坂神社(香取市佐原)



八坂神社(やさかじんじゃ)は、千葉県香取市佐原本宿にあり、7月に行われる佐原の夏の大祭(祇園祭)で知られる神社である。

古くは佐原諏訪山近傍の天王台に創建され、江戸時代前期の天和年間(天正以前の説あり)に現在地へ遷座し、佐原・本宿地区の総鎮守となったつーことであるのであるが興味のない人は読み流していただきたいのである。

当初表口は浜宿側(現千葉萌陽高等学校側)にあったが、明治初年社殿改造の際に現在の八日市場側(千葉県道55号佐原山田線・通称香取街道側)にも増設されたのであるのである。

それ以来、この神社には正門が2か所存在し、それぞれ浜宿口、八日市場口という呼び方がされ、正門は1年置きに交代するのであるが、これも興味のない人は読み流していただきたいのである。

2014年の今年はどうも八日市場口が正門と思われるのであるが、つーことは偶数年は八日市場が正門で、奇数年は浜宿口が正門つーことであるのである。

あたしは佐原駅からお越しになったので、浜宿口の鳥居からお入りなって、撮影は八日市場口の鳥居から始めたのである。

境内には水郷佐原山車会館があり、午前9時~午後4時30分の開館であるのであるが、7月の夏の大祭のときは午後8時30分まで開館しているのであるが、今回は時間の関係でご見学はなしであるのである。

まあ、あたしがご参拝になった時は、諏訪神社を中心として行われる秋の佐原の大祭のご見学の物見遊山の途中であったので、この八坂神社にはだーれもいないので、寂しくお一人でご参拝なされたのである。

神選霊能者のあたしの人生は、何事においても神のお告げ思し召しで物事を成り進めるのであるから、どこのカミヤシロも疎かにせずご参拝申し上げて「ありがたいありがたい」と大脳辺縁系に栄養を補給するわけである。

しかしまあ、日本人つーものは神様好きで、どこの地方にいっても街を歩けばカミヤシロに行き会うのである。

それがどんな小さな鳥居であっても、そこはそれ神の遣いとしてのお役目柄、きちんと二礼二拍一礼して、なむなむと拝んじゃうのである。

もちろんこの八坂神社でも鳥居をくぐって拝殿の前にもう出て、なむなむをしたわけであるが、なむなむはもしかしたら大変まずいかもしれないのである。

正式にはかみかみかもしれないし、かむかむでもいいかもしれないのであるが、いったいなにが正解なのかはわかったもんじゃないのである。

ううむ、いかん、脳に神虫が湧いてでたらめになってるので、このへんでお開きにするのである。

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2014年10月16日木曜日

諏訪神社(香取市佐原)



この諏訪神社(すわじんじゃ)は、千葉県香取市佐原新宿にある神社で、佐原の大祭秋祭りで知られるのである。

祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)で、天正年間に信濃国諏訪大社から勧請され分霊として鎮座しているのである。

現在の社殿は嘉永6年(1853年)に造営されたという実に由緒も歴史もあるご立派な神社であるのである。

まあ、これ、秋の佐原の大祭のロケのために来たついでに寄ったみたないことになってるのであるが、この諏訪大社に参拝することが本筋であるのはもちろんであるのである。

それでも、神社には大祭観光の皆さんがそれなりに訪れていて、祭りの賑わいがそこかしこに感じられ、ああ、明日から大型台風やってくるというのに、こんな晴天に恵まれて、なんてあたしは運気がよろしいのかと感心することうううなんだそのほれあれだオチがでないのである。

それでまあ、とにもかくにも、佐原駅から途中で酒屋さんの試飲のお神酒を頂いたりしながら歩いて10分ぐらいで鳥居にたどり着いて、さて、お楽しみの神社の石段についたのであるが、石段の上を見上げると果てしない石段が続いていて、なんでこんなに石段を石段したんだと石段に恨みつらみをぶつけたくなるぐらいの急峻な高さであるのである。

まあ、そうはいっても神社参拝の石段登りは神道修行の基本であるので、ありがたいありがたいとカメラを回しながら登り始めたら、三段構えの127段であるので、これがけっこうハードな石段で、思った以上の急坂であるのである。

途中からお神酒の威力も含めて息が切れてきて、しかし、ハアハアと息切れの音が入ったのでは気功太極拳意拳合気道空手柔道で鍛えた筋肉自慢のあたしの名折れになるので、息をできるだけしないよう登ったら、酸欠で目が回ってきて、それでも強引にがまんがまんと登り切ったて、息を止めてご参拝申し上げて、カメラを止めて、脇にある参拝休憩所の長椅子に倒れこんだのである。

神社の階段を登る時は息を止めるとえらいことになるので、良い子の皆さんはけっして真似をしないようにご注意を申し上げる次第であるのであるが、そんなアホなことをする人がいるとは思えないので蛇足馬足豚足であるのである。

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