霊能気功家象師匠が日本中の霊氣神氣を集めるべく占術を駆使して造られた空間を霊視で巡るスピリチュアル巡礼ツアーである。宇宙の創造主の神意を賜り、魂の浄化を体現し、その清浄な氣によって運命運勢運気を上昇に導くのである。
2013年2月18日月曜日
タイ・バンコクのセントラルワールドプラザ前のガネーシャ
タイ・バンコクのセントラル ワールド プラザ広場の一角の伊勢丹前にあるガネーシャの祠(ほこら)であるのである。
隣にはトリムルティ・Trimurti(三神一体・ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァは一体であるという近世以降の考え)の祠もあるのである。
まあ、祠つーとお地蔵さんや庚申さんてな仏像あるいは神像を祀った、道端にあるごく小さな小屋てな感じであるが、このセントラルワールドプラザ前広場のガネーシャとトリムルティの社殿は、祭壇や象さんの像などの飾り物を含めたその周囲の状況からすると、日本人的感覚では祠というよりは神社てな言い方がしっくりくるような規模であるのである。
しかし、日本の神社のような神社としての敷地があるわけではなく、デパートの敷地の一部にガネーシャ像の入れ物が置いてあるてなことであるわけであるので、やっぱり祠かね。。
まあ、英訳では祠はShrine(神社)あるいはSmall Shrineとなっているので、神社が神の社(やしろ)であるという本来の意味からすれば、神社でもよろしいわけである。
ううむ、ものすごくどーでもいいのである。
ガネーシャ(गणेश, gaNeza)は、ヒンドゥー教の神の一柱で、その名はサンスクリットで「群衆(ガナ)の主(イーシャ)」を意味するのであるのである。
同じ意味でガナパティ(गणपति, gaNapati)とも呼ばれるのであるのである。
また現代ヒンディー語では短母音の/a/が落ち、同じデーヴァナーガリー綴りでもガネーシュ、ガンパティ(ガンパチ)などと発音され、日本風ではガナバチイとなるのである。
まあ、これ、いずれにしても表記をカタカナにしただけであって、本来の発音と違うのは言うまでもないことであるのでこだわってもしょーがないの、お好きに発音していただきたいのである。
英語風に訛ればガーネッシュ(Ganesh)などともなるのであるが、それもこれも聞いた人の母国語によって、聞こえ方がさまざまであるので、お好きに発音していただきたいわけである。
ガネーシャは太鼓腹の人間の身体に 片方の牙の折れた象の頭に4本の腕を持つ神であるのである。
障害を取り去り、また財産をもたらすと言われ、学問の神であるとともに商業の神ともされるのであるので、タイの商業地域の中核の一つのセントラルワールドプラザ前の広場の一角に商売繁盛売上倍増の役割を担って鎮座ましましておられるわけである。
インドのマハラシュトラ州を中心にデカン高原一帯で多く信仰され、またご存知の通り日本でも歓喜天として信仰を集める人気の神様であるのである。
また、ガネーシャの像の中には杖を持っているものもおり、この杖は「アンクーシャ」と呼ばれている。
アンクーシャは象を御するための引掛け棒てなことであるが、ガネーシャが自分の象頭にアンクーシャを引っ掛けたりするてな支離滅裂なことをするのかどうかは、本人に聞いてみないことにはわからないのである。
ヴィナーヤカ(Vinayaka、無上)、ヴィグネーシュワラ(Vigneshwara、障害除去)、ガネーシャ(Ganesha、群集の長)、ガナパティ(Ganapati、群集の主)との神名を持つのであるつーことであるのである。
これはヒンドゥー教でよくみられるように複数の神名を持つのは、複数の神格が統合されたためと考えられるわけであるのである。
元来は障害神であったのが、あらゆる障害を司る故に障害を除去する善神へと変化したつーことであるのである。
ありとあらゆる障碍を除くことから、新しい事業などを始めるにあたって信仰され、除災厄除・財運向上のご利益でも信仰を集めているのである。
また智慧・学問の神でもあり、学生にも霊験豊かとされ、祈祷を始めとして、あらゆる開始にあたってまずガネーシャに祈りを捧げると良いとされるので、このセントラルワールドプラザのガネーシャにも合格祈願学問成就を願う学生さんとみられる皆さんが多数お参りなされているのである。
まあ、日本で言うと商売繁盛の稲荷さんと学問成就合格祈願の天満宮を合わせたご利益であるわけである。
象の頭を持つ理由の神話として、もっとも有名なものは、パールヴァティーが身体を洗って、その身体の汚れを集めて人形を作り命を吹き込んで自分の子供を生んだのであるが、パールヴァティーの命令で、ガネーシャが浴室の見張りをしている際に、シヴァが帰還した。ガネーシャはそれを父、あるいは偉大な神シヴァとは知らず、入室を拒んだ。シヴァは激怒し、ガネーシャの首を切り落として遠くへ投げ捨ててしまったあとにパールヴァティーに会い、それが自分の子供だと知ったシヴァは、投げ捨てたガネーシャの頭を探しに西に向かって旅に出かけても見つけることがでず、そこで旅の最初に出会った象の首を切り落として持ち帰り、ガネーシャの頭として取り付け復活させたつーことで、これが、ガネーシャが象の頭を持っている所以とされるのであるが、ちょっとトイレ。
まあ、それで、最も有名なマントラは、以下のものである。
Aum Shri Ganesha Namah
Aum Gam Ganapati Namah
マントラを唱える前には、手足を清潔に身を清めてから着座し、数回の調息を行ってから実施するようにしていただきたいつーことであるのである。
それでマントラは、108回、もしくは念珠の1周分もしくはそれ以上の周回分を唱えるのであるのである。
ガネーシャのマントラは、あらゆる悪・障碍・悪霊を退け、財産・智慧・成功をもたらすとされるのであるのであるから、これもう、天下無敵、極楽往生、あなたもあたしもあそこはキリマンジャロてなぐらいりがたーいご利益満載であるのである。
日本密教(台密・東密)の天台宗・真言宗ではガネーシャを起源に持つ歓喜天(聖天)が天部の護法神、鎮守神として信仰されるのである。
歓喜天(かんぎてん、Skt:Vinayaka、गणपति Ganapati、もしくは ナンディケーシュバラ nandikesvara 歓喜自在天)は、仏教の守護神である天部の一つであるのであるつーよーなことであるのである。
また、聖天(しょうでん、しょうてん)、大聖歓喜天、大聖歓喜大自在天、大聖歓喜双身天王、象鼻天(ぞうびてん)、天尊(てんそん)。あるいはVinayaka、Ganapatiを音写して、毘那夜迦(びなやか)、誐那缽底(がなぱてい)ともいうのであるのであるが、音写であるので、むりやり当てはめただけで、古代ヒンディー語の本来の発音とは似ても似つかないかもしれないのはご理解いただきたいわけである。
歓喜天を祀る代表的な寺院は、生駒(いこま)聖天・宝山寺、待乳山(まつちやま)聖天・本龍院、妻沼(めぬま)聖天・歓喜院が日本三大聖天として有名であるのである。
まあ、あたしは東京地方のお住まいであるので、神のお告げ啓示神示お光を賜りあまねくこの世に降り注ぐ御筆先である象源教教祖としてのお役目柄、待乳山聖天には何度も足を運び、大根をお供えして日頃の守護鎮守のお礼をこれでもかと奉唱なされておられるのである。
歓喜天の真言つまりマントラは、サンスクリットのアルファベット表記では、
Om hrih gah hum svaha 「ओम्(ॐ ) ह्रीः (十一面観世音菩薩の種字) गः(歓喜天の種字) हुं (軍荼利明王の種字) ह्री」
であるのである。
まあ、種字の発音の是非は置いといて、アルファベットをローマ字読みすると、「オーム ヒリフ ギャフ フーム スヴァーハ」てなことであるのである。
まあ、元はもちろん古代サンスクリットの発音であったものがヨーロッパに伝わりアルファベットになり、中国に伝われば漢字になり、さらに中国から日本に伝わりカタカナになるころには、「オン キリク ギャク ウン ソワカ」あるいは「オン キリ ギャク ウン ソワカ」とお馴染みの歓喜天の真言になるのである。
どう考えても、元のマントラとは似ても似つかない別物であることはご理解いただけると思うのである。
まあ、だからね、てきとーでいいわけである。
ちなにみ大呪は、
「ナム ビナヤカシャ カシテイモカシャ タダヤタ オン ナヤカナヤカ ビナヤカ ビナヤカ タラヤカ フリタラヤカ カムカシッテイ カムカ カチッタ ソワカ」
であるのである。
これももちろんサンスクリットを漢字にしてさらにカタカナ変換であるので、元の発音とは別物であるのである。
まあ、仏教の開祖であるお釈迦様は「呪文てなもんはろくなもんじゃありませんから、そんなものをアホみたいにがなりたてちゃいけませんよ」てなことをおっしゃてたわけである。
しかし、まあ、どーせ元のものとは似ても似つかないものであるのであるからそんな固いことは置いといて、お好きな方はこの歓喜天の大呪を心ゆくまでアホみたいにがなりたてると、七代の運を一代にして使い切るてな、子孫に大迷惑なご利益をあなたが独り占めにできるかもしれないつーことを歓喜天秘法では言い張っておられるのであるのである。
でも、七代に渡る子孫の運を使い切ってしまうつーよーな自分さえ良ければいいてな無法乱暴であるので、子孫に迷惑をかけるのが嫌な人はお控えになった方がいいかもしれないのである。
てなことであるが、ご存知の通り、日本では荒々しく厳格な祟り神としての一面も持ち合わせているので、修行のできていない我々ぱーの衆生がいいかげんな気持ちで大呪を唱えたりすると逆に災いを呼び込んでしまうので、唱えるからには、身を清め、浴油供、華水供、酒供、菓子供等の供養法を妥協なく行い、命がけの決心の上に修法しなければならないつーよーなことであるので、実にめんどくさいっちゃめんどくさい神様であるのである。
まあ、タイではべつに命がけてな様子もなくて、皆さんが近くの露店屋台で売ってる献花や供物を供えて、願い事を拝み倒しておられるのである。
あたしはもちろん、待乳山聖天さんに参拝する時同様に、「あー、ありがたいありがたい、あんたはえらい!、いよっガネーシャ!世界一!、牙が一本折れてるところがイキだねー」と褒め倒したわけである。
まあ、なんでも褒めときゃ、誰でも嫌な気はしないのである。
ここがね、人生世渡り身過ぎ世過ぎの極意っちゃ極意であるのである。
悪意を示せば悪意が返り、好意を示せば好意が返ってくるのである。
悪意が返ればあなたの人生は暗転し、好意が返ればあなたの人生は好転するのである。
当たり前であるのである。
自分の周囲が悪意だらけで運気も最低でにっちもさっちも行かないなんて人は、ひとまず周囲をよいしょしてみることをお奨めするのである。
大嫌いな人間もよいしょしてみるのである。
これ、べつに口先だけであるので、金も時間も体力もかからないのである。
あたしみたいに相手の発する波動でその精神状態が事細かにわかるなんて人間はめったにいないので、たいていはその波動よりも、口先の方が気持ちいいので、気持ちいい相手には気持ちいい対応をするようになるのである。
神様仏様によいしょすることにより、脳の神経細胞ニューロンシナプス受容体の組成をその方向に向けるのである。
口先三寸で人生が逆転好転前転バク転宙返りするのであるから、やらない手はないのである。
つーことで、この世の隅々まで愛のむきむきめきめきもきもきあーきもいを降り注ぐことを使命とする偉大なる大霊能者象源教教祖象師匠の師匠筋にあたるガネちゃんの神気霊気波動をこの動画からいかんなく受けて、あなたの明日がうららかに腫れた青空天空の白い雲となるのかどうかは、あなたの日頃の心がけ次第であるのは言うまでもないことであるのである。
スピリチュアル 精神世界
2013年2月14日木曜日
Erawan Srine・Bangkok Thailand エラワン・プーム(祠)
エラワン・プームはバンコクのグランドハイアット・エラワン・ホテル前にあるヒンドゥー教のブラフマー(梵天)を祀る祠(ほこら)であるのである。
祠とは神を祀る小規模な殿舎(でんしゃ)のことである。
三神一体論(トリムールティ)では、ブラフマーは三最高神の一人で、天地宇宙の創造と次の破壊の後の再創造を担当している神であるのである。
まあ、エラワンのタイ的な発音ではエーラーワンてなことをおっしゃる向きもあるのであるが、タイ国政府観光庁でもエラワンと表記なされてるのでエラワンつーことだね。
「エーラーワン」と名前にはあるがエーラーワンの語源であるアイラーヴァタは祀られていないのであるのである。
アイラーヴァタは、 ヒンドゥー教に伝わる聖獣で、インドラの乗り物とされ、自由に空を飛び、インドラと共に天を行き、雲を生み雨を降らせるという、翼をもち、牙が左右2本ずつで、合計4本もつ白い巨象であるのである。
中国人・華人・華僑の皆さんによって四面仏と呼ばれるが、仏ではなく神であるのである。
また、日本ではエラワン・プームとも呼ばれているが、翻訳すると「土地のアイラーヴァタ」という意味不明な単語であり、またタイ語でもこのように呼ばれないそうである。
まあ、日本的に考えれば土地神つまり産土神(うぶすながみ、うぶしなのかみ、うぶのかみ)あるいは地主神(じぬしのかみ、ぢぬしのかみ)てなことで、その土地の守護を司る神てな意味合いであると思うのであるが、この祠を作った人に聞いたわけではないので定かではないのである。
しかし、これもタイ国政府観光庁のホームページではそのまま「エラワン・プーム」と表記なされているので、日本語ではエラワン・プームでよろしいわけであるが、ややこしいのでお好きに呼んでいただきたいわけである。
どうホームページのタイ語表記のศาลท่านท้าวมหาพรหม โรงแรมเอราวัณを日本語に訳すと「裁判所梵天エラワン」となるのであるが、これをタイ人である知人にお伺いすると、「裁判所のバラモン(Brahman)」と言っていたのであるが、ブラフマン(Brahman)とバラモン(Brahman)は同表記であり、ブラフマンは宇宙の起源を司る神であるので、宇宙の想像の神であるブラフマーの起源であるのでかどうなのか、もうこうなると何が何だかわからないので、まあ、お好きな方はとことんマニアックにお調べいただいてお楽しみいただきたい。
それはともかく、たしかに、タイにお住まいの日本人である知人も、通常はエラワンあるいはエラワンの祠あるいはErawan Shrineてなことを言っていて、エラワン・プームとは言わないのである。
だから、まあ、エラワン・プームは確かに日本語であるわけである。
この、エラワンの祠の創建ついては、1953年にエラワンホテルの建設工事が始まったのであるが、当時事故が多発して工事がなかなか進みまなかったことから、占星術師にヒンドゥー教神のブラフマー(宇宙の創造を司る)を祀る祠を設けるよう勧められ、この祠が建立され、以降は工事が順調に進んだてなことである。
しかし、実際は、エラワンの祠が建立された時にはすでにほとんどの建設が終わっており、建立の理由もすでに設置された礎石が占星学的によくなかったためといわれてな話もあるのである。
まあ、それで、このエラワンの祠は「願い事がかなう神様」として、人々に口コミで知れ渡り、病気平癒や家内安全から金運、人気運などの願いをなんでもかんでもかなえるべく、今も絶えまなく多くの人たちがお参りに来るようになりったのであるそうである。
この後、多くの場所でブラフマー神が土地神として悪霊を鎮めるという信仰が広まり、あちこちに多くのブラフマーの祠が建設されたつーことである。
サイアム・ラチャダムリ周辺でも商業ビルの前などにあちこちそちこちにやたらとあるのである。
あたしがおじゃました、知人がお住まいのバンコク郊外のパンカビ(Bangkapi )地区のマンションの前の住宅街にも同じような祠があったりして、まあ、言ってみれば東京都内に江戸時代に流行してあちこちに建立された稲荷さんみたいなもんであるわけである。
また、このエラワンの祠のブラフマー像自体も多くの信仰を集め、特にビジネスマン、中国人などによる巡礼が盛んになったつーことであるが、たしかにこの日もタイの皆さんに混じって、中国の皆さんが観光客も含めて大勢で参拝なされておられたのである。
それで、巡礼者による寄付金があまりにも大量に集まることから、1969年、ホテル経営者側は寄付金を管理する基金を設置し、寄進された寄付金は、病院の医療設備の購入などの慈善活動に使うこととし、またこの基金は祠の管理も行っているつーことであるのである。
また、ここで願い事が叶った人が、神様に踊りや音楽を奉納する習慣があるつーので、敷地内に舞踊団が待機をしておられて、タイ音楽と艶やかなおねーさん達によるタイ舞踊をご披露していただけるのである。
まあ、動画を見ていただければお分かりの通り、タイ人中国人欧米人といーろいろご参拝に来られて、毎日、朝から夜まで大賑わいであるのである。
まあ、こーなるともちろんこのエラワン・プームのブラフマー神を醸成する人々の想念により光り輝くほどに集積する神気霊気の波動はいやがうえにも高まり、さらにそこに妙なるタイ音楽の演奏とタイ舞踊のおねーさんがたのあら嬉しのお姿も艶やかに、参拝客に運気は当然、雲の彼方あの空の向こうまで立ち上って、遠くからでもこの区画から絢爛豪華に振動波動をの鈴生り枝ぶりを垣間見ることができるほどであるのである。
まあ、あたしゃ、例によって、神様にお願いなんかするとろくなことはないというコンセプトの教義ご神託を広める神選神の光後光の擦り切れ象源教教祖としての御役目柄、ありがたいありがたいとのお題目祝詞を奏上して、わはははと破顔大笑爆笑のうちに参拝礼拝五体投地を7回拝してつつがなく終えた次第であるのである。
まあ、タイに行く機会のない人も、この動画から天地宇宙創造神であるブラフマーの神気霊気の波動を受けて、その共鳴により自らの波動の周波数を下げて運気上昇の機縁呼び水原動力としていただきたい。
スピリチュアル 精神世界
2012年10月18日木曜日
水天宮
水天宮(すいてんぐう)は、福岡県久留米市の水天宮(久留米水天宮)を総本宮とし、日本全国にある神社であるのである。
この東京都中央区日本橋蛎殻町にある水天宮もその分社のひとつであるわけである。
祭神は久留米水天宮と同じ天御中主神・安徳天皇・高倉平中宮(建礼門院、平徳子)・二位の尼(平時子)であるのである。
江戸時代より安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集め、妊婦や子供を授かりたい夫婦あるいは無事出産できた夫婦などが、安産や子授かりの願掛けやお礼参りなどで人並みが途絶えることがないのであるのである。
朱塗りの社殿は蛎殻町のランドマークでもあるつーことで、まあ、べつにあたしに子供が産まれるということではぜんぜんまったくもってそんな予定もないのであるが、霊気神気探訪の一環として天下の大霊能者象師匠が来てやったわけである。
お前は大橋巨泉かよって、昨今は巨泉さんを知らねー奴もたーくさんいるので意味ねーぞ。
この日は戌(いぬ)の日であるので、御子守帯てな岩田帯と安産祈願の護符(水天宮御守)授与のために、お父さん、お母さん、パパ、ママにならんとする若夫婦から、孫、ひ孫、玄孫(やしゃご)誕生を願うおじいさん、お婆さん、ひいじいさん、ひい婆さんまで、正月の初詣もいかばかりかというぐらい老若男女入り乱れてのてんやわんやの大混雑であるのである。
そんなこんなで、さすがは新しい生命誕生の息吹の匂いふんぶんとただよい、あたしのあそこもふんぶんとたただよいてなことで、いってることが意味不明でも、殺伐とした世知辛い世情を忘れることしばしのおめでたい霊気神気の泉に身を浸すことの嬉しさ楽しさ満喫堪能の極楽であるのである。
まあ、つまり、この瞬間だけはどなたもこなたも我が身を省みてこの世に生を受けしありがたさを真摯な願いとともに祈る心情はあなたもあたしもあら嬉しであるのである。
痛いことこの上ない文章が何処へ行くのか操縦不能で墜落寸前足を踏み外して階段落下で足を捻挫する前に、これをご覧の読者にも運気上昇の霊気神気をあたしの波動も含めて寿(ことほ)ぎのお裾分けであるのである。
スピリチュアル 精神世界
2012年9月7日金曜日
願成就院
願成就院(がんじょうじゅいん)は、静岡県伊豆の国市にある、高野山真言宗の寺院で山号は天守君山であるのである。
本尊は阿弥陀如来であるのである。
境内は国の史跡に指定されており、仏師運慶の数少ない真作の一つである阿弥陀如来坐像(大御堂本尊・重要文化財)木造不動明王二童子立像(大御堂・重要文化財) 木造毘沙門天立像(大御堂・重要文化財)木造地蔵菩薩坐像(重要美術品)などの仏像を安置するのである。
創建については「吾妻鏡」によると、文治5年(1189年)に北条政子の父親で鎌倉幕府初代執権であった北条時政が、娘婿の源頼朝の奥州平泉討伐の戦勝祈願のため建立したということであるのである。
ただし、寺に残る運慶作の諸仏はその3年前の文治2年(1186年)から造り始められており、奥州征伐の戦勝祈願のためというよりは、北条氏の氏寺として創建されたものと考えられているのであるのである。
全盛期には巨大な池とその中の小島を橋でつなぎ、多くの堂宇や塔がそびえ立つ、藤原時代様式の壮大な伽藍を誇る伊豆屈指の大寺院として栄華を誇ったのであるのである。
しかし延徳3年(1491年)に北条早雲による動乱で願成就院はほぼ全焼し、僅かに再建された堂宇も後年の豊臣秀吉の小田原征伐の際に再び全焼つーよーな波瀾万丈の経緯を経て、現在は小さな境内であるが、その裏山一帯は往時の願成就院の敷地であったぐらいの大寺院であったのである。
つーことで象気功的にはどーでもいいウンチク豆知識を滞りなく書き終えて、とにもかくにも創建以来数々の苦難艱難災難を乗り越えて800有余年の時を経て、大霊能者象師匠の眼前に現代建築による大御堂が厳然としてお目見えしたわけである。
本堂はこの大御堂の左横の茅葺きの建物であるが、大御堂に本尊の阿弥陀如来立像を始めとした願成就院所蔵の仏像が安置されており、お守り販売所なんかもあるので、まあ、事実上の参拝場所はこちらということであるのである。
大御堂の前ではちょうどご住職が仏具屋さんらしき営業の人となにやら打ち合わせをしているので、映らないように映したのでアングルが変であるのであるが、それと霊気とは関係ないのである。
歴史の重みはその気の重さとなってあたしの波動にのしかかり、現在の境内の規模とは離反した壮大な迫力を持ってあたしの60兆の細胞に波動を共鳴させるのである。
この世はなるべしてなり願成就院はこのようになったわけである。
しかし、その800有余年に渡る想念の集積は時を超えて宇宙に組み込まれ、宇宙の果て深淵の彼方より膨大な波動となり素粒子の振動を伝えるのである。
宇宙とあなたの組成は同じであるからである。
あなたの中に宇宙を思う時、波動はいやでもあなたに共鳴するのである。
スピリチュアル 精神世界
2012年9月3日月曜日
成福寺(伊豆の国市)
静岡県伊豆の国市にある浄土真宗東本願寺派の寺院である晴雲山成福寺であるのである。
鎌倉北条氏歴代の菩提寺であるのである。
成福寺縁起によると、鎌倉幕府8代執権・北条時宗の第三子・正宗入道(幼名・満一丸)が正応2年(1289年)5月に時宗の菩提を弔うために建立した寺院であるのである。
神奈川県鎌倉市小袋谷にも浄土真宗本願寺派の寺院である亀甲山成福寺があるのであるが、こちらは北条泰時の子・泰次が開基であるのである。
北条時政が頼朝と政子のために建てた新居もこの辺りにあったそうであるが、詳細な場所は定かではないのである。
御本尊は阿弥陀如来であるのである。
成福寺には北条氏歴代の墓があるので有名であるのである。
鎌倉古道の細い道を抜けていくと成福寺の門前に出るのである。
このあたりには他にも北条氏ゆかりの寺や史蹟があるのであるが、周囲がおもいっきりの一般の住宅街であるので、門前町なんかはないのである。
成福寺境内には230種類250鉢の珍しい蓮を植えた鉢があるのであり、蓮の寺としても有名であるのである。
蓮にはそれそれ名前の札が付けられているのであるが、あたしは蓮になんの興味もないので何がなんだかわからないのである。
それで、本堂で参拝をしようと思ったらば、ほがらかなご住職がが出てきて麦茶のパックをくれたのでびっくりしたのである。
実に親切なお寺さんであるのである。
撮影冒頭から空は青く澄み渡り白い雲が浮かび、正に晴雲山の名の通り境内には実に大らかで明るい気が充満し、ああ、これはこのご住職の気であったかと納得したのである。
つーことで、明るいご住職のご案内で本堂内に入り御本尊の阿弥陀如来立像に参拝したのである。
やたらとオープンであるのである。
オープンついでに本堂内には猫が昼寝をしていたのであるが、そのようすは、後日、犬猫ブログにUPするのである。
それでまあ、なにしろ北条氏菩提寺ということであるので、北条氏の霊気を受けてあたしのポンコツな波動をもう少し重厚で格調の高い波動にしてみたいつーことで寺墓地に参拝であるのである。
まあ、この時はお盆の時期だけにいわゆる墓参りかね。
いや、墓参りはお彼岸か。
ううう、仏事に不案内な寺の世話人が何処にいるんだっ。
とにかく最初に立て札があってわかりやすい正宗、正宗母堂、時宗のお墓に参拝したのであるが、時宗の廟所は、鎌倉円覚寺(仏日庵)にもあり、正宗が分骨したということであるのである。
その後お参りした無量寿という墓銘の墓は北条一族歴代の墓であるのである。
まあ、お寺巡りつーのは墓巡りつーことでもあるのである。
墓地巡礼ツアーであるのである。
ああ、ありがたいありがたい。
なむあみだぶなむあみだぶ。
なんでも拝んじゃうわけである。
象気功の眼目のひとつは、「こだわらない」であるのである。
お釈迦さんのご意見でもあるのである。
スピリチュアル 精神世界
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