2019年3月11日月曜日

武蔵御嶽神社の大口真神社



まあ、我が家の恒例のひとつで、毎年この時期に、青梅市御岳山にある武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ)に大口真神(おおぐちまがみ)のお札をいただきに参拝するのである。

以前は神社の御師さんが山を下りてお札を配りに来たのであるが、跡継ぎがいなくなって、逆にあたしが山を登ってお札をいただきに行くのである。


このお札を蔵や勝手口や物置などの入口に貼って、災いや怪しい侵入者を追い払うわけである。

まあ、大口真神の通称がおいぬ様であるが、本来はニホンオオカミを神格化したものであるので、「わん」と吠えてどろぼーや災厄を追い払うのかどーかは定かでないのである。

しかし、これまでどろぼーもこれといった災厄もないので、「わん」と吠えて、たちどころに追い払っていただいているのかもしれないのである。


通年は、毎年四月に入ってからの参拝であるので、花も見ごろで、参道は参拝客と犬と登山縦走の皆さんが大賑わいであるが、今年は都合でこの日が3月8日金曜日で気温が8度前後のせいか参拝客もまばらである。

ちょうどこの日は拝殿内で雅楽演奏と神楽舞をご鑑賞できる春季大祭の行われる日であったのであるが、受付時間の11時までに到着できなかったので実に残念である。

動画で流れる祝詞はその祭礼のものであるが、祭礼には受付で1000円払ってどなたも参加できるので、来年は必ずや11時までに到着することを心に深く誓ったのである。

来年まで覚えてるわけねーのである。


まあ、とにもかくにも拝殿に詣でてから、奥にある大口真神社(おおぐちまがみしゃ)までロケを敢行して、その霊氣神氣を心行くまで堪能して、この先一年の災難除けと運気上昇は確約されたわけである。

勝手に確約して怒られないのかと思う向きもあろうが、何事もやらないよりはマシであるのは言うまでもないことであるので拝んどけ拝んどけである。


さらに、大口真神社の手前にある常磐堅磐社(ときわかきわしゃ)にもご参拝申し上げて、さらに運気は天にも昇る勢いである。

常磐堅磐社は崇神天皇・景行天皇・安閑天皇・清和天皇と狭依比売神ほか96柱を祭り、諸国一宮祭神といわれ、実に霊験あらたかであろうことは推測に難くない、神様満杯のお社である。

一神教とは違って、多神教の日本神道は実に楽しみの多いしゅーきょーである。

そら多勢に無勢で、神様だって多い方がご利益が多いのは理の当然である。


まあ、人の運気なんてもんはお亡くなりになってみなけりゃわからんわけであるが、死んでしまえば運気もへったくれもないので、結局、どーでもいいわけである。

いずれにしても自分の意思とは無関係にあれこれ決まり、否応なくあれこれが勝手に進行するのであるから、何事も諦めて、なるように流されて生きることが肝要である。

そうはいっても、わかっちゃいるけど無駄な悪あがきがやめられないのが人生で、まあ、その悪あがきが人生の楽しみでもあるわけである。



参道の途中に樹齢600年と言い張る御岳の神代欅(みたけのじんだいけやき)てな巨大な欅の大木があって、その欅の手入れが行われていたのであるが、これが絶壁に足場を組んで植木屋さんあるいはトビの皆さんが数人登って大騒ぎである。

あたしゃ高所恐怖症であるので、下から見てるだけでも目が回りそうである。

だから、あたしにトビや植木屋さんてな職業はどーやってもこーやっても無理である。

人間の職業に向き不向きがあるのが、この一事からもよーくわかるわけであるが、しかし、その向き不向きがなかなかわからない上に、向いてない職業が好きである場合が多々あるので、これが世の中の大半の人の人生がうまくいかない原因である。

もちろん大きなお世話である。

あたいがたいありがたい。

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