2015年9月4日金曜日

諏訪大社上社本宮



諏訪大社上社の本宮(ほんみや)である。

本宮(ほんみや)は、赤石山脈北端の守屋山北麓の諏訪湖上流に位置する長野県諏訪市中洲宮山1に鎮座し、祭神は建御名方神 (たけみなかたのかみ)である。

創建については、古事記・日本書紀に記述はあるものの、古すぎていつなんだかわかんないつーことである。

社殿6棟が国の重要文化財に指定され、社叢は落葉樹からなる自然林で長野県の天然記念物に指定されているつーよーなりっぱな神社である。

本宮のご神体は幣拝殿の後ろの森林(通称 御山)であるので本殿は無く、一般参拝客は拝所から斎庭を介して幣拝殿に向かい、ご神体である木々を拝するわけである。

つーことで、この動画は北参道の鳥居からの参拝であるが、これとは別に東参道の鳥居からは階橋をわたって入り口御門から回廊になっている布橋があるのである。



その布橋を、あたしの個人的参拝順序の都合で、出口から入ってカメラを回して、後半に入り口御門を差し込みであるのである。

本宮には本殿がないが、その代わりに勅使門を挟んで東宝殿と西宝殿の二つの宝殿があるのである。

宝殿の一方には神輿が納められ、寅と申の年の御柱祭で御柱建て替えと同時にもう一方へ遷座し、古い宝殿は12年ごとに建て替えられるのである。

神輿の納められる宝殿は「神殿」と呼ばれて祭祀が行われ、もう一方は「権殿」と呼ばれるつーことであるが、このような宝殿は、神社に本殿が設けられる過渡期の状態と考えられているてなことである。

その、歴史的にも重要な宝殿をこの布橋から拝することができるのであるが、これもあたしの個人的都合でそそくさとロケを敢行したせいで、神輿が納められている西宝殿がちらっと映って、権殿である東宝殿の造営ご敷地もちらっと映っているてなチラリズムの状態であるので、象気功信徒の皆様におかれましては速攻で二礼二拍一礼をしてご利益を満喫していただきたい。


まあ、諏訪大社といえば御柱(おんばしら)であるので、あたしの個人的都合で一番近くにあった、本宮二之御柱を霊写して奉上するのである。


ついでに境内にあった、雷電為右衛門の像である。

どーでもいいなんていわずに、とりあえずなんでも「ありがたいありがたい」と拝んでおけば、波動はよろしい方向に向かうということを申し上げておくのである。

さてさて、拝殿を取り巻く山の樹木の霊気神気を受ければ、細胞はいやが上にも活性化されるので、その御利益はいかばかりかというお為ごかしをもって拝礼の証とするわけであるが、動画をご覧になるだけでも、あなたの霊体はその地にいざなわれ、脳波の落ち着きとともに、波動が変わるのである。

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2015年8月24日月曜日

達磨寺(高崎市)



毎年正月の6日7日にかけて夜通し開催される高崎のだるま市で有名な達磨寺(だるまじ)は、群馬県高崎市にある黄檗宗(おうばくしゅう)の寺院で、山号は少林山である。

ちなみに正式名称は少林山鳳台院達磨寺である。

創建は正徳2年と考えられ、本尊は十一面観音・北辰鎮宅霊付尊神である。

黄檗宗(おうばくしゅう)は、日本における仏教の宗派で、臨済宗、曹洞宗に次ぐ禅宗の一つである。

ちなみに本山は隠元隆琦(1592 - 1673年)の開いた、京都府宇治市の黄檗山(おうばくさん)萬福寺である。

てなことであるが、なんつっても七草大祭だるま市はこの寺の境内で開催されるということで、実際に石段を上がってみると、テレビ番組などで見る様子とは違って、こんな狭いところでやってたのかというぐらい狭い境内である。

テレビの枠というものは、全く別世界を見せてくれるわけである。

まあ、とにかく神社仏閣の石段登りはあたしの楽しみライフワークみたいなもんであるので、この達磨寺の山門から天まで続くと思われる石段を見上げると実に満足できる風情であるのである。

それで、ようやく登りきったと思うと、そこは瑞雲閣と大講堂てな建物のある境内で、達磨寺本堂である霊符堂まではさらに石段は続くのである。

それを愛用のお出かけ用クロックスサンダルでパコパコと軽やかなステップを踏んで登り切ると、本堂のある境内に出るのである。

なにしろ最近はお出かけもクロックスであるが、以前はどこに行くにも夏はビーサンであったので、着るもの履くものにまったくこだわらない象師匠も少しはファッショナブルになったわけである。

クロックスでファッショナブルもへったくれもないもんであるが、ほっとけば便所サンダルでホテルのレストランに入ろうとして入店拒否された経験を持つあたしであるから、格段の進歩であるわけである。

そんなことはどーでもいいので、達磨寺の本堂である霊符堂の入り口の左右はだるま納め所となっていて、だるま以外のぬいぐるみや人形は置かないようにてな張り紙がしてあるのである。

いわば用済みになっただるまさんが山積みになっていて、見方によってはだるまさんの奉納であるし、見方によってはだるまさんの捨て場所であるわけであるが、ものごとはありがたいと思えばありがたいしありがたくないと思えばありがたくないので、もちろん、ご利益至上主義のあたしの面目にかけて、全身全霊をかけてありがたいありがたいと拝んだわけである。

さらに、隣の達磨堂も拝見して、店頭の大だるまも拝見したのであるが、まあ、なんだね、だるまはハリボテだけにクオリティは低いのはいたしかたないということを申し上げて、ご利益満点の心地良い疲労感とともに今日も元気に腹へったのである。

ありがたいありがたい。

なんでもいいから、拝んどけ拝んどけである。

だから、ひとこと多いったら。


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2015年8月22日土曜日

高崎白衣大観音



群馬県高崎市にある高野山真言宗慈眼院の境内に屹立する白衣大観音(びゃくえだいかんのん)てな観音像をひとつ見てやろうではありませんかつーことで、いつものことで象師匠自ら運転のお車をお飛ばしになってご参拝になったのである。

ううむ、おもいっきりてきとーな文章であるが、まあ、それで、カーナビの言うままにそのあたりに着いてみると駐車場が見つからんのである。

あたし同様の物見遊山の観光客の車がぽつぽつ来るのであるが、皆さんがどこへ駐車していいのかお悩みであるのである。

それで、悩んでいてもらちが明かないので、その脇の「参道につき車進入禁止」と書いてあるどこかの寺院の参道の途中のうどん屋で700円のざるうどんを食って、そこのおばさんの許可を得て駐車させてもらって、慈眼院の境内に行ったら、10台分ぐらいの駐車場があるのである。

なんだこりゃつーことである。

駅から遠く離れ山の上にある立地を考慮した場合には、明確な駐車場の確保は当然であるし、この地域全体の町おこしあるいは観光地としての体制ができていないということをご指摘申し上げたいのであるが、もちろん大きなお世話であるのである。

まあ、とにもかくにも、東京からはるばるお越しになって文句百曼荼羅では仏罰に見舞われること必定であるので、その舌鋒の鉾をさらりと収め、白衣大観音を拝見したら、間近で見るとさすがにでかいのである。

高さはなんと41.8メートルである。

なんの気の迷い酔狂でこんなでかいものを作ったのかあたしみたいな神も解けもない不届き者には想像のほかであるが、1936年(昭和11年)に実業家の井上保三郎さんてな人が高崎十五連隊の戦没者の霊を慰め、世の中に観世音菩薩の慈悲の光明を降り注ぎたいつーことに加えて高崎市の発展を願って、観音山の山頂、標高190mの地点観に建立した鉄筋コンクリート製の観音像であるつーことで、重さは5,985トンである。

その建立当時は世界最大の観音像だったのであるが、残念ながら現在は100メートルの仙台観音にその地位を譲られたのである。

ちなみに高さ110メートルの茨城県牛久市にある牛久大仏は、その名の通り観音ではなく大仏であるので、勘違いされる向きも多いのでひとこと申し添えておくのであるが、もちろん、おもいっきりの蛇足であるのはゆーまでもないことである。

白衣観音の内部は9層に分かれており、20体の仏像が安置されていて、原型製作は伊勢崎市出身の鋳金工芸作家・森村酉三さんによるもので、黒川竜玉が施行の指揮をとったつーことであるが、黒川竜玉さんが誰なのかさっぱりわからんのであるが、まあ、そんなことは誰も興味がなかろうから、食いつかずにスルーするのである。



それで、その胎内巡りを300円の料金でできるつーことであるので、まあ、観音様の胎内を巡るのに料金というのもなんであるが、とにもかくにも300円払って入ったら、つまり9階建てあるので、階段をビルの9階まで登るはめになたったのでる。

まあ、あたしは健脚でなる象師匠であるので、なんのこともなく颯爽と華麗に登り切ったのであるが、肥満豊満デブカバの向きは覚悟を決めて、とにかくゆっくりと階段を上らないと、足が弱って、帰りに階段を踏み外して落ちる可能性もあるぐらいの段数であるということを僭越ながらひとこと申し添えておくのである。



まあ、胎内巡りの階段登りでその御利益は十分すぎるぐらいであるが、さらにご利益を重ね重ねでごってりといただくにはやはり本堂に参拝するのが筋見てある。

しかし、この本堂がどうのこうのというよりも、慈眼院字体が、白衣大観音建立後に高野山から移したものであるので、やはりご利益本体は大観音参拝であるというということも僭越ながら申し添えておくのである。

なんでもいいから、ご利益をいただきたければ、高崎までおいでになって9階建てのビルの階段をえっちらおっちら登ることが基本である。

まあ、神社仏閣参拝のご利益の基本は健康成就であるので、階段石段を心を込めて踏破していただきたい。

さらに神仏の波動を得て、自らの波動を整えるということが、人生の方向性を整えることになるわけである。

うまいねどーも。

ひとこと多いだろ。

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2015年7月21日火曜日

大國魂神社のすもも祭



大國魂神社(おおくにたまじんじゃ、大国魂神社)は、東京都府中市にある神社で、武蔵国総社である。

祭神は大國魂大神であり、創建は第12代景行天皇41年と伝えられるのであるが、景行天皇は古事記や日本書紀に記載される12代天皇ということであるので、4世紀前半の創建ということであるわけである。

まあ、とにかくとんでもない歴史のある神社であるのである。

東京五社(大國魂神社、東京大神宮、靖国神社、日枝神社、明治神宮)の一社であり、また、武蔵国の一之宮(一宮)から六之宮(小野神社、二宮神社、氷川神社、秩父神社、金鑚神社、杉山神社)までを祀るため、「六所宮」とも呼ばれるのである。

まあ、それで、某新聞に7月20日は「すもも祭り」であるつーことが書いてあったので、「これはいかん、大霊能者の象師匠がすもも祭に参加しなくて末代までの禍根となるではないか」と霊能の家系の末裔としての危機感に苛まれて、とるものもとりあえず昼ごろに大國魂神社に到着したらば、この日が休日ということもあって、さらには、境内参道には露店も大出店で、参拝客がごった返して大賑わいであるのである。

すもも祭は源頼朝・義家親子が、大國魂神社に戦勝のお礼参りの際に、神前に「すもも」供えたのがたのが起源とされ、境内にすもも市が立つようになり「すもも祭」といわれるようになったつーこであるてなことである。


それで、境内で「からす団扇」「からす扇子」てな、厄除け・五穀豊穣・悪疫防除の団扇・扇子を売っていたので、縁起物ということで、神の御子のあたしとしても、一応、団扇をご購入なされたのであるが、まあ、お守りあるいは御札であるので、買うではなく頂くというのが正しいのである。

団扇と一緒にくれたからす団扇・からす扇子の由緒てな説明書によると、神代の昔に農作物の害虫を除き、身に降りかかる災難を祓う方法として、御歳神(みとしのかみ)が「からす扇(おうぎ)を以って仰げ」と教えられた故事に基づき、からすを描いた団扇:扇子を縫製し7月20日のすもも祭に頒布しているつーことである。

ううむ、やっぱり、神社参拝は祭礼のときに限るのである。

細胞を活性化させるには、人の氣も重要であるのである。

同じ人混みでも、駅の雑踏や満員電車で疲れるのは、仕事やその他で疲れた人の氣の波動を受けるからであるが、祭りの氣は喜びの波動であり楽しみの氣であるので、細胞がよろしい方向に活性化されて、また、本人が楽しむことによる精神状態による波動の調整にもなるのである。

てなことであるが、もちろんどーでもいいと思えばどーでもよくなることであるので、まあ、良い方に捉えれば何ごともよろしい波動となるのはゆーまでもないことである。

すべてはあなたに内在する神の意向しだいであるということである。

その意向の調整役が象気功である。

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2015年5月25日月曜日

甲斐善光寺御開帳



甲斐善光寺(かいぜんこうじ)は山梨県甲府市善光寺にある浄土宗の寺院で、山号は定額山(じょうがくざん)で、正式名称は定額山浄智院善光寺(じょうがくざんじょうちいんぜんこうじ)であるのである。

ちなみに、信州の善光寺は宗派に属しておらず、単立寺院であるのである。

甲斐善光寺の本尊は秘仏・善光寺式阿弥陀三尊像は国指定重要文化財であるのである。

善光寺式阿弥陀三尊(ぜんこうじしきあみださんぞん)は、日本最古の仏像と伝承される信州善光寺の本尊を模した一光三尊形式の阿弥陀如来像のことで、善光寺式如来とも呼ばれるのである。

この、南北朝時代 (中国)の金銅仏を源流に持つ善光寺式阿弥陀三尊像は、鎌倉時代以降に日本各地で盛んに制作されたため、日本各地に善光寺や新善光寺と名乗る寺院が点在することとなったのである。

また、山門と本堂も同様に国指定文化財であるのである。

長野県長野市にある善光寺をはじめとする各地の善光寺と区別するため甲斐善光寺(かいぜんこうじ)と呼ばれることが多く、甲州善光寺(こうしゅうぜんこうじ)、甲府善光寺(こうふぜんこうじ)とも呼ばれているのであるつーことであるが、あたしの愛車のカーナビでは甲府善光寺となっていたので、気の迷いでこの甲斐善光寺に行く場合は、甲府善光寺で検索した方がよろしいかもしれないのである。

まあ、それで、善光寺と言えば今年は7年に1度の御開帳であるが、それをドローン墜落のニュースで見たので、神社仏閣マニアのあたしとしては、ううむ、いろいろとその場しのぎでマニアになるのね、まあ、とにかく、取るものもとりあえず御開帳を拝見しようてなことで善光寺に行こうと思ったのであるが、東京から日帰りで行くには長野の善光寺は遠すぎるので、この甲斐善光寺にご来駕の運びとなったのである。

まあ、この御開帳は長野の善光寺だけかというと、これが六善光寺同時御開帳ということで、信州善光寺、甲斐善光寺、関善光寺、飯田善光寺、善光寺東海別院、岐阜善光寺という、六ケ所で同時開催であるのである。

まあ、要するに本尊が善光寺如来である寺は全部御開帳でも問題がないといえばないわけである。

しかし、これを毎年やってるとインパクトがなかろうつーよーなことで7年に1度ということだよね、きっと、うん。

おいおい、仏様に向かってタメグチかよ。

それで、甲斐善光寺の駐車場についてみたらば、檀家檀徒役員総出で道案内、駐車場整理で大忙しであるのである。

途中の露天のおばさんも駐車場までの路の案内をしてるのである。

まあ、7年に1度であるから、気合が入るとは思うが、この日は平日であったので、参道の露天もシートが被ったままで、参拝客はそれほどでもないのである。

それで、参道から本堂までロケを敢行して、その先、堂内もロケを敢行しようとしたら、堂内は撮影禁止であるのである。

堂内に入るときに入り口で500円払って、垂れ幕の中の秘仏ご開帳の様子をつぶさにご覧になったのであるが、あたしはマナーを守ることに命をかける真面目な社会人であるので、もちろんアホな小僧のようにドローンを飛ばして盗撮なんてことはせずに、浄土宗だけになむなむとお唱えして放屁なされて退散したのである。

放屁は生理現象であるので、仏様もご理解していただけることと存じ上げ奉るのである。

そのあと、長野の善光寺にもある、真っ暗な床下の通路を降りて、奥の鍵を触ってくるというわけのわからないアトラクションも楽しんだのであるが、後ろからも人が来るので、放屁はなされなかったのである。

仏様とちがい、人間様の鼻先で放屁すると、「うう、くっさー」と文句を言われるのである。

ううむ、最低のネタで笑いを取りに行ってるのである。

まあ、そんなことはともかく、動画の後半で本堂前に立つ回向柱が本堂内の秘仏に五色の糸でつながっているので、それを拝めば秘仏に参拝したのと同じ御利益があるのである。

もちろん動画の回向柱を参拝しても同じ効果であるのはゆーまでもないことであるので、ありがたいありがたいとなむなむすればいいわけである。

要は仏縁であるのである。

まあ、平日でこのぐらいだから土日はすごいだろうね、てなことを考えながら、参道の途中にあるかぶとやさんてな信玄餅を売ってる土産物店の店先のテント席でコーヒーとぶどうジュースと高菜漬けのおやきを食ったのである。


大変おいしゅうございましたのである。

おいおい、なんなんだ、霊気神気はどしたんだ?

いやいや、そこが霊能しろーと極貧赤貧びんぼー人思考の勘違い筋違いであるのである。

笑うことが除霊浄霊となり、しいては運気上昇の枢要となるのである。

運気を改善するためにはとにかく笑うことである。

しかし、本堂や拝殿の前でいきなり「わははははははははははははははははーっ」と大笑いすると警察か救急車を呼ばれるので注意しなければならないのある。

楽しんでいただけましたでしょうか。

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