2015年2月14日土曜日

鹿島神宮



鹿島神宮(かしまじんぐう、鹿嶋神宮)は、茨城県鹿嶋市宮中に鎮座する神社であるのである。

伝承によると、創建は、古事記、日本書紀により日本の初代天皇とされる初代神武天皇元年である。

神武天皇の崩御日は日本書紀によれば紀元前586年(神武天皇76年)3月11日であるとされているのであるが、神武天皇即位紀元については、西暦に換算して紀元前660年であるとされる説もありーの、神武天皇は135歳まで生きたなんでわけのわからん話もありーので、初代神武天皇元年がいったいいつなのかは、さすがの大霊能者のあたしにもなにがなんだかわからんので、興味のある歴史マニアの人は心行くまでお調べいただいてお楽しみいただきたいのである。

祭神は日本建国・武道の神様である武甕槌大神 (たけみかづちのおおかみ)であり、神武天皇元年創建の由緒ある神社であるのである。

武甕槌大神は、神代の昔、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の命を受けて香取神宮の祭神である経津主大神(ふつぬしのおおかみ)と共に出雲の国に天降り、大国主命と話し合って国譲りの交渉を成就し、日本の建国に挺身されたのであるつーことであるが、まあ、神代の昔から国盗り合戦の戦乱があり、その親方・頭領が神に祭り上げられたということがわかるわけであるてなことを言うと身も蓋も味も素っ気もなくなるので、ここはひとつ神の御業ということにしておお楽しみいただきたいのである。

それはともかく、鹿島神宮は延喜式神名帳に記載された式内社(名神大社)であり、常陸国一宮(いちのみや)である、

旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社である。

全国にある鹿島神社の総本社で、千葉県香取市の香取神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社であり、また、宮中の四方拝で遥拝される一社である。

まあ、それで、駐車場に車を停めて、門前町の商店街を抜けて、大鳥居からからカメラを回して歩き始めたわけであるが、これが楼門までけっこうな距離である。

歩き始めてすぐ「ありゃりゃ、こりゃいかん」思ったのであるが、まあ、カメラを回し始めてしまったので、途中でやめるわけにもいかず、どんどん歩いて楼門をくぐって拝殿まで怒涛の進軍を決行したのである。

まあ、山間の神社仏閣につきものの石段階段がないので、お気楽なもんであるが、鹿島神宮は伊勢神宮を彷彿とさせる森林に囲まれた広大な境内であるので、散歩コースとしては実によろしい環境にあるので、近隣の郷の皆さんはお楽しみいただけるかもしれないのである。

でも、観光客以外には歩いている人も見かけないので、散歩コースとしては人気がないのかもしれないのかもしれないのである。

あるいは散歩は運動不足の都心の人の趣味で、自然に恵まれて農作業に勤しむ皆さんにはいらんことであるのかもしれないのである。

神のご利益というのは、参拝による歩行あるいは階段昇降の運動による健康ご利益がもっとも大きなものであるので、なんでもいいから、日々、神社仏閣に詣でて「ありがたいありがたい」と拝んで頂くことをご推奨申し上げるのである。

人間の健康は歩くことからで、とにかく歩いてナンボであるので、それこそ神代の昔からなんやかんや理由をつけて歩くようにあれこれ考えられてきたわけである。

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