霊能気功家象師匠が日本中の霊氣神氣を集めるべく占術を駆使して造られた空間を霊視で巡るスピリチュアル巡礼ツアーである。宇宙の創造主の神意を賜り、魂の浄化を体現し、その清浄な氣によって運命運勢運気を上昇に導くのである。
2016年2月1日月曜日
大船観音寺
大船観音寺(おおふなかんのんじ)は、神奈川県鎌倉市岡本一丁目にある曹洞宗の寺院で、山号は仏海山、本尊は聖観音である。
宗教法人大船観音寺としての創建年は昭和56年(1981年)で、昨今は大船のシンポルともなっている全高約25mの巨大白衣観音像(大船観音)で知られるのである。
この観音像は胸から上の、いわば胸像であるが、大船駅から見ると、小高い山の上にあるために、あたかも全身の立像のように見え、とんでもない高さの観音像かと思うのである。
参道を上がってこの観音胸像に実際にお目にかかっても、胸から下が地中に埋まっているような感覚があり、人間の潜在意識の不思議さを垣間見るわけである。
てなことで、観音像をぐるりと周ると裏手に入り口があり、中に入ると檀家さんの法事の最中なのか御札に祈祷の最中なのか、華やかな読経もありがたく、あたしもいっしょにご拝聴して、世事でまみれた罪穢れを洗い流して、明日の礎となさんとあれこれそれこしてあらうふんであるのである。
これで、笑えというのが無理な話であるが、とにかく、笑わせてなんぼの象気功であるので、そこはそれ、無駄と思えることも無理やり笑いにつなげて、人生の困難苦難に迷い悲嘆にくれる衆生を笑っとけ笑っとけと鼓舞するわけである。
まあ、ありがたいものを見て、さらに爆笑できれば、あなたの脳内ホルモンの放出、細胞のミトコンドリアの活性度は実に爽快な状態となることは必定であるので、そこんところをつついてたたいてかぶってポンである。
師匠、尺が埋まりましたから、もうそのへんでカンベンしてやって下さい。
スピリチュアル 精神世界
2016年1月13日水曜日
円覚寺
円覚寺(えんがくじ)は、神奈川県鎌倉市山ノ内にある寺院で、正式には瑞鹿山円覚興聖禅寺(ずいろくさんえんがくこうしょうぜんじ)である。
臨済宗円覚寺派の大本山であり、鎌倉五山のうちの第二位に列せられ、本尊は宝冠釈迦如来である。
鎌倉五山は臨済宗の寺院を格付けをする制度で、ちなみに第一位が建長寺、第三位が寿福寺、第四位が浄智寺、第五位が浄妙寺である。
創建は弘安5年(1282年)で、開基は北条時宗である。
開山は中国明州慶元府出身の鎌倉時代の臨済宗の僧である無学祖元(むがくそげん)である。
開山と開基については、同義語的に用いられる場合が多いのであるが、禅宗や浄土宗では寺院の創建に尽力した資主を開基と呼び,その開創の僧を開山と呼んで区別しているのである。
まあ、そんなことは霊氣神氣を受ける上でどーでもいいのであるが、円覚寺境内にはお堂や拝殿や庵や、みごとな庭園や池があれこれあって、お寺のディズニーランドてなぐらい楽しめるのである。
神社仏閣に参拝するときは、この「楽しむ」という感覚が非常に重要である。
楽しむと身体が緩むのである。
緩めば毛細血管が開き、血行がよろしくなり、全身の臓器内臓の細胞にくまなく血液が運ばれ、酸素と栄養素が行き渡り、細胞の再生と修復がこよなく成就されて、健康と運気がよろしくなるわけである。
あなたの人生を決定するのは、全身60兆の細胞の状態の如何である。
細胞を再生修復するのは血管により運ばれた血液である。
細胞に酸素と栄養が行きとどかなければ、ろくなことにならないのは、スピリチュアルだのへったくれだのと言っているそうとうにおつむのちょーしが悪い人でも気がつくことである。
いやな気持ちになればアドレナリンやノルアドレナリンが放出されて血流が滞り、楽しい気持ちになればドーパミンやβエンドルフィンが放出されて血流が促進されるのである。
神社仏閣の境内の樹木の氣や配置、さらには古来からの人々の信仰による集積したよろしい波動も含めて、「霊氣神氣を受ける」ということは、全身60兆の細胞を活性化させることに目的があるのである。
いつも言うとであるが、人間は元気でなんぼである。
円覚寺境内のお楽しみの数々はその効果満点である。
山門を入ってすぐ左脇にある選仏場(せんぶつじょう)である。
選仏場というのは、いわゆる座禅道場である。
臨済宗は、日本においては禅宗のひとつであるので、その修業には座禅が欠かせないわけである。
つまり、いい大人が、何をするわけでもなく、日がな一日、お座りしてじーっとしてるわけである。
そんなことをしてる暇があったら、ボランティアで駅前のお掃除でもすればいいと思うが、そこはそれ、お釈迦さんが菩提樹の下でお座りして悟りを開いたと伝えられているので、もしかしたらまぐれで自分も悟りを開けるかもしれないと思い上がった勘違いをして、じーっとお座りしているわけである。
お釈迦さんはこの世のことわりと正しい生き方をお示しになられてはいるが、お座りして悟りを開けなんて一言も言っておられないのである。
釈迦の生まれ変わりのあたしが言ってるんだから間違いないのである。
どこかで聞いたことのあるホラであるが、その某ホラ吹きのカネ集めのための言いたい放題の口から出まかせを本気で信じている人が、日本中はもとより世界中に多々おられるので、世の中は楽しくて面白いのである。
まあ、信ずるものは救われるで、医学的にはプラシーボ効果がないでもないので、あたしゃ、一概に否定はいたしませんが、法外なお布施は無駄であるので、あたしみたいに100円均一とすることをご推奨申し上げるのである。
まあ、どーでもいい話はともかく、禅宗の修行の本体である座禅をディスっていると勘違いされては困るので言っておくが、あたしの家は父祖代々、某禅宗の檀家世話人で、あたし自身が総代も務めたことのある敬虔な仏教徒である。
某禅宗のプロのお座り師である菩提寺住職直伝であるので、お座りのレベルは、そのへんのお座りマニアのしろーとさんとは格段に違うのである。
ちなみに母は敬虔な某キリスト教徒である。
そのせいかどうか、いくらお座りしても、こんな神も仏もないろくでなしになったわけである。
だれがこんなだ。
そこかよ。
師匠、今日は絶好調でんな。
誰がでこぼこだ。
なにゆうてまんの?
円覚寺境内の小高い山の上にある大弁財天の拝殿と、国宝の哄鐘(おおがね)である。
弁財天は仏教の神であるが、もともとはヒンドゥーのサラスヴァティという川を神格化した神である。
川のさらさら流れる妙なる音から、音楽と芸事の神とされ、さらに流れるものということで弁舌の神となり、ついでに学問の神となり、日本に伝えられて弁才天から弁財天となり、財力のご利益も加えれて、あたしらお笑い芸人には実にありがたい神様となったわけである。
誰がお笑い芸人だ。
いちいちボケるのはめんどくさいが、お約束であるのでいたしかたないのである。
読者信者におかれましては、忍耐も仏道修行のひとつと心得て、修行の一環として苦笑でもいいから笑っていただきたいわけである。
つーことで、あたしの守り神は、宗像三神の一柱の市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)とそれに付きそう数人の女神であるが、市寸島比売命は神仏習合思想により弁財天と同一神とされているので、お釈迦さんのご遺言で「こだわらずにその場に合わせて生きる」ということを忠実に実践するあたしは、やたらなツッコミを入れることなく、素直になんでも拝み倒すわけである。
ありがたいありがたい、なむなむ。
舎利殿の拝殿である唐門である。
舎利殿はお釈迦さんが荼毘に付されて時の棺や祭壇も含めた灰の一部と言い張るものを安置してるので、仏教寺院である円覚寺の本体でもあるわけである。
唐門から舎利殿に向かって心ゆくまで拝み倒したのは無論であるが、それで、何かご利益を願うのは筋違いであるので、これでもかと教えに対するお礼を申し上げたわけである。
お釈迦さんの教え自体がご利益であるのである。
ありがたいありがたい、なむなむ。
なんでも拝んどけ拝んどけである。
最後に白鹿洞(びゃくろくどう)である。
円覚寺山号の「瑞鹿山」は、円覚寺開堂の儀式の際、この穴から白鹿の群れが飛び出してきて、説法を聴聞した という故事によるものとされるのである。
それで、もしかしたら白鹿の皆さんが飛び出してこないとも限らんので、カメラを回しながら待ち構えていたのであるが、ついに白鹿は一頭もお出ましにならなかったのである。
ありがたいありがたい、なむなむ。
まあ、こんなとこかね。
スピリチュアル 精神世界
2016年1月4日月曜日
2016年元旦江の島弁財天(江島神社)初詣
江島神社(えのしまじんじゃ)は日本三大弁財天のひとつで神奈川県藤沢市江の島にある神社である。
ちなみに、日本三大弁財天は、竹生島(都久夫須麻神社)、宮島(厳島神社)、江の島(江島神社)といわれるが、江島神社の代わりに吉野の天河大弁財天社を入れる場合もあるつーことである。
江島神社の祭神は宗像三女神で、島の西方の奥津宮(おくつみや)に多紀理比売命(たきりひめのみこと)、中央の中津宮(なかつみや)に市寸島比売命(いちきひまひめのみこと)、北方の辺津宮(へつみや)に田寸津比売命(たぎつひめのみこと)をそれぞれ祀り、これを江島大神と総称するのである。
江戸時代までは弁財天を祀っており、江島弁天・江島明神と呼ばれ、現在でも江の島の弁天さんということで親しまれているのである。
現在の祭神は明治の神仏分離の際に改められたもので、辺津宮境内の奉安殿には八臂弁財天と妙音弁財天が安置されているのである。
この動画は辺津宮境内奉安殿への参道石段を登るロケであるが、なにしろ正月元日の夜であるので、まだまだ、参拝客が引きも切らず、最上段は長蛇の列で、さすがの神選霊能者の象師匠も勝手に前に割り込むわけにもいかないので、一般衆生に混じって30分以上並んでお待ちになってなむなむしたのである。
まあ、弁財天はもともとはヒンドゥーの女神であるサラスバティが仏教に取り込まれたものである。
サラスバティは現在は無くなったインドの川の名でそれを神格化したものである。
川の水がさらさら流れる音から音楽・芸術さらには弁舌・学問の神とされ、弁才天という字が当てられていたのであるが、これが弁財天となり、財力のご利益も併せ持つ便利な神となったわけである。
さらに神仏習合により、弁財天はあたしの守り神である市寸島比売命と同一神となったのである。
弁財天をなむなむすることはあたしの守り神をなむなむすることであるので、身命を賭して全力でなむなむしたのは言うまでもないことである。
これであたしのお笑い芸人としての人気はうなぎのぼりで、今年の年収は数億円が約束されたようなものである。
だれがお笑い芸人だ。
ううむ、まあ、象気功はお笑いがテーマであるので、あながち間違いではないのである。
笑う門には福来たるであるのは、昨今、笑うと免疫力が上がるということで、医学的にも証明されていることである。
神のお告げはどこまでもなるべくしてなるのである。
随神門の中にある弁財天童子石像である。
なむなむ。
スピリチュアル 精神世界
2015年12月21日月曜日
河口浅間神社とパワーストーン美麗石(ひいらいし)
河口浅間神社(かわぐちあさまじんじゃ)は、山梨県南都留郡富士河口湖町にある神社である。
河口浅間神社は通称で、正式名称は浅間神社である。
主祭神は浅間大神(木花咲耶姫命)である。
この河口浅間神社も全国に数ある浅間神社の一社であるが、浅間神社(せんげんじんじゃ・あさまじんじゃ)は、富士山を神格化する富士信仰により浅間大神(浅間神)を日本神話に登場する木花咲耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)と同一視して、これを祀る神社である。
木花咲耶姫命は日本一の金運神社の主祭神でもある大山祇神(オオヤマツミ)の娘で、天照大神の孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の妻であり、海幸彦・山幸彦の母である。
河口浅間神社は河口湖から北に御坂道を少し上がったところにあり、動画でもご覧のとおり、参道は杉の大木に囲まれて森閑とした実にさわやかな神氣溢れる空間である。
境内には「七本杉」と呼ばれるスギの神木が立ち、これらはいずれも樹齢1200年を数えるということで、山梨県指定天然記念物に指定されているのである。
氣の語源は木であるという説もあるぐらいで、氣感のある人はご存知のとおり、樹木は豊かな氣を発するわけである。
まあ、その波動により、自らの波動も影響を受けて高まるわけであるが、樹木に抱きついたりしてると笑われるということを、ひとことご注意申し上げておくのである。
本殿拝殿の前には、パワーストーンの美麗石(ひいらいし・ひひらいし)があるのである。
この石は、浅間明神を初めて祀った古代祭祀の石閣と伝えられている石の祠(ほこら)である。
祠であるから、神を祀る社であるわけである。
悠久の時代を経て、この祠に宿る思いは集積し、幾多の神霊が集い、八百万の神となるわけである。
この動画でこの神社の境内にいざなわれ、ひいら石の発する氣を受ければ、必ずやあなたの波動も振動を高め、全身の細胞は活き活きと蘇るのである。
ありがたいありがたい。
守り給え幸えたまえ。
スピリチュアル 精神世界
2015年12月14日月曜日
新屋山神社(富士山金運神社)
新屋山神社(あらややまじんじゃ)の本宮参拝である。
この日は12月に入っていたので、奥宮への参道が来年の4月まで閉鎖ということで、残念ながら、奥宮参拝は来年のお楽しみとなってしまったのである。
新屋山神社は山梨県富士吉田市新屋神社河原1230にある神社で、知る人ぞ知る日本一の金運神社である。
金の亡者の象師匠としては何がなんでも一度は参拝しないと股間に、いや失礼、沽券にかかわるのである。
誰が金の亡者だ。
ううむ、くだらん、やめりゃよかった。
主祭神は大山祇大神(おおやまつみのおおかみ)である。
創建は後奈良天皇ご在位の天文3年(1534年)10月17日である。
ネットなんかでも頻繁に取り上げられる大人気の神社であるが、この日も平日にもかかわらず、それなりにこの辺鄙な立地に、金の亡者の皆さんが、いや失礼、敬虔な参拝者の皆さんが引きも切らず来られるのである。
この神社を有名にしたのは、経営コンサルタントの故船井センセーが、「金に困ったら、この神社に行け」とご推奨なさったのが一因であるつーことである。
まあ、それで、拝殿の入り口のガラス戸を開けたら、お若い神主さんが出て来られて、祝詞を上げてお祓いしてくれたのである。
ホームページによるとそのあと無料で玉串をいただいて祭壇に奉納するということが書いてあったのであるが、それはなかったのである。
昨今、有名になり過ぎて、あまりにも参拝者が多いのでその辺は省略になったのか、あたしのお賽銭がいつもの100円均一で少なかったのか、そのへんは聞くわけにもいかないので定かではないのである。
まあ、地獄の沙汰も金次第であるから、神域に至ってはさらに金次第であるのは自明の理であるし、ものが天下に名だたる金運神社であるので、お賽銭の額でことが左右されるのは当然であるのは当たり前である。
なにはともあれ、象気功信者におかれましては、この動画で心行くまで参拝して、金運神社の御利益の一端を授かればこれ幸いである。
鳥居をくぐって境内神域に入ると、とにかくめでたい神氣であるので、どんな邪気も祓われて、それなりに金運が上昇するのは船井センセーのおっしゃるとおりであるが、船井センセーは81歳でお亡くなりになられ、あたしの目標の120歳とは程遠いので、不老長寿のご利益は今一つかもしれないのである。
ひとこともふたことも多いのである。
ありがたいありがたい、なむなむ。
ちがうちがう。
祓い給え清め給え守り給え幸え給え。
なむなむ。
だから、ちがうったら。
スピリチュアル 精神世界
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