2018年1月28日日曜日

白旗神社と源頼朝の墓



白旗神社(しらはたじんじゃ)は源頼朝を主祭神とする神社である。

この神社は頼朝の墓の入口石段の前にあるので、まあ、いわば本家とも言えなくもないのであるが、鶴ケ丘八幡宮の境内社も含めて、他にもいくつも白旗神社があるので、異論のある向きには反論する所存はないのである。


この説明書きが白旗神社の前に立っているので、源頼朝について「なるほどねー」と知識を新たにできるわけであるが、あたしは霊氣と神氣の波動を受ける以外には興味がないので読まなかったのは言うまでもないことである。

てなことで、今年の正月に鶴ケ丘八幡宮に初もうでという名の刺身と酒と物見遊山に来たついでにお参りした神社仏閣のひとつであるので、とにもかくにも1月のうちにアップしたいということで、日曜日にもかかわらず、ううう、だめだ、目が覚めない。

コーヒーを2杯飲んでも目が覚めない。

コーヒーは暮れにお歳暮でもらった某すたばのギフトの缶付きレギュラーコーヒーである。



缶付きというのは、缶の中に袋入りのコーヒーが入っているからである。

いわゆる缶入り密封のコーヒーではないのである。

それでも某すたばの気合を感じるブレンドと焙煎の具合がみてとれて、香ばしさは「なるほどねー」と感慨を新たにするあれこれである。

4缶セットでもらったので、1缶飲んでもまだ3缶あるので、しばらく某すたばである。

なくなるとまたこの缶に入れたくなって袋入りを買うだろうから、なかなか香ばしい販促である。

ううむ、どーでもいい。

えーと、なんだっけ?

ああ、白旗神社だ、なにしろ白旗であるので大変である。

何が大変かは人それぞれであるが、まあ、とにもかくにも、この霊氣神氣などの氣の波動てなものは、つまりは量子力学における非局所性に関わる現象あるいは反応であるわけである。

量子もつれを起こした粒子は距離や時間に関係なく同時に同じ反応を現すてなことが、霊氣神氣などの氣の波動の現象を解明するのにやぶさかでないのである。

やぶさかの用法がとんちんかんかどうかはさておいて、たとえば、地球の反対側にいても、あたしが氣を送れば、送られた人は同時に影響を受け、氣に敏感な人はそれを同時に生体反応として感じるわけである。

このことは、たとえば氣の遠隔治療を受けた経験がある人はその不思議さを実感されたことと思うが、その治療効果の是非うんぬんは別としても、その影響としての感覚は現実にあるわけである。

まあ、これはあたしの一方的な神のお告げであるが、あたしの神のお告げは必ず成就されるので、いわゆる「氣」がなんであるかは早晩、量子力学によって厳然と解明されるのである。

現在はパ~の言ったもん勝ちの言いたい放題で、スピリチュアルだの精神世界だので、オカルトの仲間である。

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